「……好きな、んだ、」
固まって何も言えない俺に、絞り出すように、もう一度、森下は言う。
「ミキが好きなんて、嘘だ。ミキに先輩をとられるのが怖くて、……ごめん……ッ」
そう言うと、森下は、両手を俺の手ごと、額にあてた。
少し俯くその顔は、だけど真上から見下ろす俺には、見えてしまう。
森下の睫毛を濡らすのは、紛れもなく、涙でしかなかった。
「………それこそ嘘、だろ?」
声が、震える。嘘だと思った。
都合のいいセフレをなくさないための、優越感に浸る道具をなくさないための、嘘だと。
だけど、……だけど。
「これは嘘じゃないよ、……好きなんだ……」
ごめん、だけど信じてよ、先輩がすきだ。
そんなこと言われても、今更信じられるわけがない。
第一、信じられる根拠がどこにもない、何も信じられない。だって森下の話は、矛盾だらけだ。
ああ、
それなの、に。
「………すきなんだよ……」
ずっとずっと欲しくて仕方なかった言葉は、俺の心を震わせて、手放せなくさせる。
「……からかって、んのかよ、?」
だけど半ば無理矢理に、否定を吐き出した。
その言葉が本当なはずは、ないから。
それくらい俺にだって、わかるから。
「………すき」
「うる、さ、い」
森下は、それしか知らない子供のように、何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。俺の指先を握る手が、震える。
ずっと欲しかった言葉、与えられるはずのない言葉、小さく震えるその体。
ぐらぐらと頭ん中が揺れて、わけがわからなくなる。
(ただ、お前からのその言葉だけが、すべてになって、)
「……すき、……ずっと、ずっとずっと、好きだった……」
「……っうるせえ、って……ッ」
好きだった?笑わせるな。
本当にお前が俺を、俺と同じように思ってくれてんなら、どうしてあんな関係にしかなれなかった?
どうして、あんな嘘を吐く必要があったんだよ。
そう思っても、それを口に出すことは叶わなかった。
否定したくない、与えられたその言葉を、仮初めのものでもいい、手放したくなかった。
(こんな言葉に、意味なんて、なくても)
「……せんぱい?」
黙ったまま何も言わない俺を訝んだのか、森下がゆっくり、俺を見上げた。
目があった瞬間強張る体。
だけど、ゆっくり向けられた声は、優しくて、優しくて。
思わず、森下を見たまま、その場にズルズルとしゃがみこむ。
「せんぱい……?」
「……っ……」
優しい臆病な声。
俺を呼ぶ、聞き慣れた愛しい声。
その声で、そんな風に呼ばれたら。
……もー何が本当で何が嘘だか、わかんなくなる。
「松本先輩?」
「っよ、ぶな」
呼ぶな。呼ぶな。呼ばないでくれ。
お前の言葉なんか信じたくない。
お前の言葉なんか信じちゃいけない。
好きだなんて、今更、ありえない嘘だから。
ああ……だけど。
「先輩、」
だけどこんなに、森下の声が、優しいから。
(……自惚れ、そうになる)
(信じたく、なる)
「……先輩?」
離れない手。優しい声。目の前の瞳にうつるのは、情けない顔をした俺だけだ。
……思わず、は、と笑みが、こぼれた。
森下の目が、丸くなる。
「……お前のことなんて、好きになりたくなかった」
言葉を紡いだ自分の声には、内容とは裏腹に一切の棘がない。
「……うん」
森下は、ゆっくりと目を細めて、唇を噛み締める。
「馬鹿だし、ぬけてるし、ヘタレだし、そのくせドSで我が儘だし」
「……うん」
「痛ぇっつってんのにヤるのやめねえし、俺に佐上のかわりさせやがるし」
「……うん」
「その上、佐上が好きなのは嘘? 俺が好き? 俺を傷付けたくなかったから? ……意味わかんねーんだよ、嘘ばっかじゃねえか」
「……うん」
「ドS、鬼畜、……馬鹿野郎……」
ぐ、と言葉を詰まらせる森下。
よく俺がこいつに怒るたび、こうやって唇噛み締めながら俺を見上げてきたっけ。
涙がまた溢れて、なぜだかまた、笑えた。
「……せん」
「だけど」
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