2 そんなヨウに恋心を抱いていることに気付いたのは、いつだったっけか。……そんなの、もう、忘れた。 でもおれはその時初めて、自分が誰に告白されても心動かされない、その理由を知ったんだ。 『やっぱ女はいいよな。柔らかいしイイ匂いするし』 でもヨウは、普通に女が好きで。 かなりモテて。 男なんか、好きじゃなくて。 ――男が男を好きなんて、おかしいだろ? それにおれたちは、幼なじみで親友で、相棒なんだ。 そう思って、なんとかヨウへの想いを消そうとした。 そのために、色んな子と付き合って、色んな女を抱いた。 でも、だめだった。 どんな子と付き合っても、どんな女を抱いても。 ヨウの隣が、やっぱりおれは、一番好きで。 (伝えなきゃ、いいよな?) (想ってるだけなら、) (許される、よな?) そう自分に言い聞かせ、おれは、今まで暮らしてきた。 ヨウがおれに、笑ってくれる。 そんな苦しくも幸せな生活が、この先ずっと続くって。 ずっとヨウの隣にいることを許されるって。 何の疑いもなく、信じていた。 なのに。 『俺、アメリカ行くわ』 1週間に、ヨウはそうおれに打ち明けた。 ヨウの夢は、日本でプロのバスケット選手として活躍すること。 夢を叶えるために、渡米して本場のバスケを見てきたいという。 向こうに親父さんの知り合いがいて、面倒みてもらうとか。 『お前なんかに遅れとれるかよ』 なんで、どうしてと戸惑うおれに、ヨウはそう少し悔しそうに笑った。 おれの夢は、ミュージシャンになること。 バンドももう2年前に結成した。 高校卒業後、某プロダクションにお世話になることになっている。 もちろんおれは、ヨウがアメリカにいっちまうなんて嫌だった。 出来ることなら、引き止めたかった。 行くなよって。 そばにいてくれよって。 でも、ヨウのヤツが、笑うから。 『アメリカ、行きてえんだ』 笑って、言うから。 おれは、頷いてしまった。 ほんとは離れたくないのに。 応援、してしまった。 そして今日、ヨウは、住み慣れたこの小さな町を、去る。 「……情けねー面してんなよ」 ヨウが笑った。 いつもとおんなじ、笑顔。 「たった3年だろ?もしかしたらすぐに追い出されるかもしんねえし」 ヨウは、親父さんの知り合いと、初めに約束したらしい。 3年したら、必ず日本に帰る。 プロになる素質がないようなら、すぐにでも出ていくと。 「……3年て、……長いんだぞ」 お前のいない、3年なんて。 「すぐに帰ってくるかもな?」 くつくつ笑うヨウ。 んなこと、思ってもねえくせに。 「……それはねーだろ」 「へえ、なんで」 「……おれの相棒は、んなタマじゃない」 相棒。 そう言うと、ヨウはぽかんとした表情をした。 ……ちょっと可愛いなこの野郎。 (これぞ俗に言う、惚れた弱みってヤツだ) ヨウは、やがていつものような余裕な笑顔を見せて言う。 「……ずいぶん高くかわれちゃってんのな、俺ってば」 「……そうだな」 「ま、事実だけど」 にやにや。 ヨウは、笑う。 いつもの、自信家。自信に満ちた、その笑顔。 まぶしい。 (はなれたく、ない、) 「……なあ、」 おれは、おれらの後ろに広がる、向日葵畑を振り返った。 ホームのすぐ後ろに広がる、黄色い世界。 陽の光を浴びて、まぶしい。 おれは、その向日葵畑の方へ近づいた。 ホームと向日葵畑を分けるための古い背の低い柵の間から、いくつもの向日葵がホームへ顔を出している。 「なんだよ?」 後ろから追いかけてくる、ヨウの声。 柵の前に来ると、おれは腰を屈めた。 向日葵の一つに、触れる。 「お前は……変わらないよな?」 日差しが、眩しい。向日葵が、綺麗すぎる。 「お前は、変わらないよな?何年経ったって、きっと」 「……」 女々しいのは、自分でもよくわかってた。 それでも、縋らずにはいられなかったんだ。 物や人は、時とともに変わりゆくものだということを知らないほど、おれはもう、幼くはなかった。 「……くだらねえこと聞くな」 少しの間の後、ヨウはそうおれの言葉を切り捨てた。 呆れられたかな、と、じくじく痛む心臓。 「何年経ったって俺は俺だ。変わるわけねえだろうが」 ヨウの続けた言葉に、簡単に安堵してしまうおれは、愚かなのかもしれない。 でも、すげー悔しいけど、おれの中じゃヨウが黒だと言えば白も黒なんだから、仕方ないよな。 「……そうか」 おれは、笑った。 もう、そろそろ時間だろうか。 時計を見る気にはなれなかったけど、そう思った。 (お前が、いつものお前のままでいてくれたから、) ← [戻る] |