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佐上は、後悔はしていないと言った。
俺を好きになったこと、それを後悔はしていないと。

佐上がこんな結果になってもそう言えたのは、多分佐上が、強いからだ。
強くて真っ直ぐで、綺麗だからだ。
だけど俺は、弱い。
弱くて卑怯で、綺麗じゃあない。
だから。


(……してるよ)


森下を、好きになったこと。


(どうにかなりそうなほど、後悔してる)


だって、あいつを好きにさえならなければ、傷付けることなんかなかった。
森下も、佐上も、……自分も。


(……なけねえ、な)


さっきから、もうずっと泣きたいような衝動でいっぱいなのに、涙が浮かんでくることはない。
ここには誰もいない。あいつは、いない。
泣いたっていいのに、泣けなかった。
空を仰いだらこの衝動もなくならないかと、空を仰ぐ。それでも、空の青さが目に焼きつくだけで、泣きたい衝動は消えなかったし、涙も、流れてはくれなかった。


『俺、晴れてる日の空、大好きなんスよー』


ふいに、いつかの森下を、思い出す。
ニコニコと本当に嬉しそうに俺に笑いかける、あいつの言葉を。


『空が青いと、先輩とサッカーやりたいなーって、思うんスよね』
「……ふ」


森下がそう言って少し照れたように笑ったことを思い出して、思わず顔が綻ぶ。
あいつにとっては何気ない言葉だったのかもしれない。
だけど俺は、今でもそれを、こんな風に大切に抱えている。そして、どこかであの頃のようにまた笑ってくれないかと、そんなことばかりを考えている。
……馬鹿みたいだ。ありえるはずが、ないのに。そう思いながらも、そうは思いたくなかった。

後で、佐上がそうしたように、俺もあいつのところへ行こう。
そして、想いだけは告げないまま、この関係を終わらせよう。
そしたらきっと、また、前のような関係に戻れるから。
そう信じろ、と、自分に言い聞かせた。
その耳に、扉の軋む音を、聞いた気がした。


「……せん、ぱい」


たどたどしい、頼りない誰かの声。揺れている。
少しだけ愛しいあの声に似ていて、ああついに幻聴まで聞こえてきたか、と自嘲した。
だけど。


「まつもと、せんぱい……」


小さな小さなその声は、間違いなく、あいつのもので。
俺は弾かれたように、扉の方を見た。
そこにあったのは、


「……森下……?」


あの日から、見ることすらなかった、森下の姿、だった。

なんでここに、とか、お前部活にくらい来いよ、とか、言いたいことはたくさんあった。
だけど、驚きすぎて、何一つ、音にはなりはしなかった。


「……先輩」


森下が、俺を呼ぶ。
その目はぐらぐらと揺れていて、俺は身動きがとれなかった。
ゆっくりゆっくり、森下が俺に近付いてくる。


「……、……」


俺の近くまで来た森下は、黙って俺を見ていた。
何か言いたげに小さく動く唇は、けれど言葉を吐きはしない。
永遠に続きそうなこの時間を終わらせようと、俺は、なんとか口を開いた。


「……お前、授業は……?」


今は、授業中だ。どうして、こんなところにいるのだろう。
だけど森下は、俺の問いに答えはしなかった。
ただただ、俺を見ている。
ぐらぐらと、揺れた目で。


「……森下?」


ゆっくりと、伺うように呼ぶ。
こんな森下の姿を見るのは、初めてだった。
あの日見た弱々しい姿より、もっと脆い姿。
だから、心配になって。


「なんか、あったのか?」
「……先輩、こそ」


心配で、森下を見上げながら言うと、俯いた森下がようやく、小さな声で言った。
俯いていても、座っている俺には、その表情は見えていて。
ずき、と、胸が痛む。


「ミキと、なんか、あったの?」
「――」
「ねえ……つき、あうの?」


ぎゅ、と、ひどく弱々しく、森下の指がスラックスを掴んでいる。
泣き出しそうな顔をしながら、何を言うんだろう、こいつは。


「……佐上とはなんもねえし、付き合うわけねえだろ」
「……」
「だから、……そんな顔すんな」


そんな表情をするくらい、お前があいつを好きなのくらい、知ってっから。
俺の言葉に、森下はまた、何か言いたげに口を動かした。
だけどやっぱり、声には出さずに、黙ってしまった。























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あきゅろす。
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