「も、……やだ……っ」
涙が溢れる。もうずっと、泣いたことなんかなかったのに。
ヨシノの優しい嘘が、あまりに俺には、痛かった。
ヨシノのそばにいたいと、そう思うようになったのは、いつからだろう。
いつしか俺はヨシノに惹かれていて、そばにいたいと思っていて。
だけど積み重ねた偽りの日々の中で穢れすぎた俺は、ヨシノへの想いを認めることすら出来なかった。
近付いたら、想いを馳せたら。
それだけで、綺麗なこいつを、穢してしまう気がした、から。
「……ごめん」
ヨシノが、小さく謝罪を漏らした。
その言葉に、ふるり、と体が震える。
さっきの言葉が全部嘘だって言ってるみてーなそれに、泣きたくなった。
「謝んな……っ」
「ごめん、……せやけど、…ごめん……」
「謝んなってば……!」
これ以上、俺を惨めにさせるな。
そうヨシノを睨むと、ヨシノは、今にも泣き出しそうな顔をした。
「傷付けるつもりやなかったんや、ただ、お前が……」
「もういい、もうわかったから……っ」
聞きたくない。聞きたくないよ、ヨシノ。
わかってるから。嘘だって、優しいお前が咄嗟に吐いた嘘だって。
そう言って耳を塞ごうとする俺の手を、ヨシノは優しくとった。
そして、真っ直ぐにまた俺を見つめる。
酷く、優しい、目だった。
「聞いてや、ワカツキ」
ヨシノがあまりにも真剣に、俺を見てくるから。
だから抵抗出来なくて、俺は黙った。
その冷たい熱が、ただ、愛しかった。
「俺、本気やで」
ヨシノは、言った。
「お前が、好きなんや……ほんまや、ほんまに、好きなんや……っ」
信じて、信じてや、ワカツキ。
そう言いながら、俺の手を両手で包む、ヨシノ。
そしてそこに額をあてる姿は、まるで、何かに祈っているみたいで。
だけど、信じらんねーよ。
だってお前と俺は全然ちがくて。
お前に好いてもらえるとこなんか、俺はきっと一個も持ってない。
そりゃ、信じたいよ。その言葉を思いを、ヨシノ、お前を信じたい。
お前の愛に溺れたい。
けど、……だけど。
なくす痛みも裏切られる痛みも、俺はもう何一つ味わいたくない。
「言うな、」
「ワカツキ」
「頼む、……頼むから、もう、言わないで……」
ぐしゃりと世界が歪んで、ひく、と咽喉奥が震える。
自分が泣いてることに気付いたのは、その時だった。
「なして、泣くんや……そないに嫌やったか? 俺が嫌いか」
「っちがう」
「俺の言葉は、お前を傷付けたんか」
「、ちが……」
ちがうんだ。お前は悪くない。
ただ俺が勝手にお前に惹かれて、お前に依存して、お前を傷付けて、そのくせお前の言葉を信じるのが怖いだけ。
だけど言葉にするのを、嗚咽が邪魔をする。
ヨシノは、また泣きそうに顔を歪めた。
「……お前を傷付けたんやったら、俺は自分を許せへん」
「ヨシ、」
「俺は、お前を傷付けとうてこないなこと言うたわけやない」
ヨシノは、俺の涙を指先で少し拭った。
落ちる涙が、ヨシノの指を濡らす。
「なあ、ワカツキ」、ヨシノの言葉が、胸に響く。
「俺は、お前を傷付けとうない、誰にも傷付けられとうない、……傷付いてほしないんや……」
それくらい、好きなんや。愛しとんねん。そう声を震わせるヨシノの顔は、見えなかった。
だけど、その声は、本気で想ってくれてるのかなって思うくらい、真剣で。
ああそう言えば、こいつはずっと黙って俺のそばにいてくれたなって思ったら、また、涙が溢れた。
「……ワカツキ……ごめん、ごめんな?」
泣くなや、ワカツキ。
ゆっくり顔を上げたヨシノが、泣きじゃくる俺を見て、そう言った。そして俺の手をゆっくり離し、その細い指で俺の涙を拭う。
けど、次から次へと溢れてくる涙はとまんなくて、ヨシノはまた謝った。ごめんな。
ああ、こいつはいつもそうだったな、と思った。
こいつはいつも、俺のことをイチバンに考えてくれた。
何も聞かずに今日までそばにいてくれて。
今だって、自分だって泣きそうな顔してんのに、堪えて。
俺、お前にどんだけ、辛い思いさせてきたかな。
それなのにお前は、そんな俺を、
(こうやって、優しく、)
「……っワカツキ?」
堪らんなくなって、ヨシノの腕に縋りついた。それにヨシノが驚いたみたいに、俺を呼んだ。
愛しくて苦しくて、涙がとまらない。
「ヨシノ……ヨシノ……っ」
お前は、ほんとに、俺を必要としてくれんの?
ほんとに、俺を求めてくれんの?
俺は、ヨシノ、お前を必要としていいの?
求めていいの?
そばにいて、いいの?
こんな、汚れきった、俺でも、?
(お前とは、ちがいすぎる、のに)
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