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「……なに、やっとんねん、お前は……っ」


はあ、はあ、と、荒いヨシノの息が聞こえる。
その声は怒りとも悲しみともとれない色で震えている。
そういえば、俺の手首を掴む手も小さく震えていて、俺はそれを遠くに感じていた。


「ワカツキ、なあ、なしてや、……なにしとんねん、ほんまに……っ」


ヨシノのこえが、なきそうだな、と思った。
なんでこんななっさけねー声だしてんだろ、そう思ってたら、いきなり、体があったかくなった。
なんも今の俺には考えられなくて、ただその温かさにずっと忘れてた安堵を思い出す。

でも、今までそうだったように、きっとこの熱もすぐ、きえてしまうんだ。
だから俺は、自分からは手を伸ばさなかった。
期待なんて、どうせ裏切られるなら、しない方がいい。


「……もう、」


ヨシノの声が、すぐ近くでする。
と同時に、キツくなる体の締め付け。
抱き締められてるのだと、ようやくその時、ぼやけた頭で、理解した。
抵抗、しなきゃ。離れなきゃ。
そう思って身じろぎをしてみたけれど、ヨシノの体はびくともしない。
離れようとする抵抗ごと俺を抱きしめたまま、ヨシノは、言った。


「もう、やめえや、こないなこと……っ」
「――」


体が、震えた。震えて、力が抜けて、また頭の中が真っ白になった。
それは、言われた言葉がショックだったからじゃなくて。
ヨシノの声が、あまりにも弱々しくて、まるで、懇願するみたいだった、から。


「頼むから、……やめてえや……」


今度は、はっきりと懇願の言葉を交えて、ヨシノは言う。
その言葉とヨシノの腕が強く俺を締め付けて、俺はどうすりゃいいのかわかんなくなる。
だけど、このままじゃいけない。
このままヨシノの体温に言葉に流されたら、今までの俺が、壊れちまう。
そんな危機感を、覚えた。


「自分偽って、体差し出してまで誰かに必要とされるんが、そないに大事なことか?」
「……」


大事なことだろ。
誰かに必要とされたい。
だけどありのままの俺じゃ、代償なしじゃ、誰も俺を必要となんかしてくれない。
実の親にさえ必要とされなかったんだ。愛されなかったんだ。
なのに赤の他人にそれを求めるなんて、そんなの不毛すぎるんだ。
だから、俺は。


「……ヨシノ、には……わかんねー、よ……」


なんとか答えはしたけれど、弱々しい声が自分のものだと気付くのに、少し時間がかかった。
ヨシノの腕にまた力がこもる。少し、痛い。


「ヨシノ、には、わかんない、……絶対に」


だって、きっとこいつはたくさんの人に愛されてきた。
優しいから。真っ直ぐだから。綺麗だから。
愛されるために更に汚れた俺とお前とじゃ、全然違うんだよ。


「わからへんわ……っ」


ヨシノが堪らない、と言うように俺を掻き抱く。やっぱり少しだけ、苦しい。
だけどそれを振りほどく気には、なぜだろう、なれなかった。


「俺は、誰かに必要とされたいなんて、そないなこと思ったことなかった」
「……」
「そんで、誰かを強く求めることもなかった」


「望まれすぎとったんやな」、そう言うヨシノの声は少し、寂しそうだった。
俺とは違いすぎる境遇に、羨望の念を抱く。
俺は、ありのままで他人の愛を望むことすら、ずっと許されなかったのに。と。
だけどヨシノは寂しそうな声のまま、続けた。


「あの鳥籠ん中から出てきても、それは変わらんかった。このまんまずっと、誰を求める気持ちも知らんまま、ほんまの意味で孤独のまんま、俺は死ぬんやと思っとった」


誰かを求める気持ちがあるからって、孤独じゃねーのかよ。
俺はこんなに誰かを求めて求めて、だけどこんなに、独りなのに。
愛されて必要とされて、求められてきたお前が、それを言うのかよ。
そう思ったけど、ヨシノの声がなんだかすごく本当に孤独な人のものに思えて、結局俺は、何も言えなかった。


「、せやけど、」


ヨシノの声が、不意に強いものへと変わる。
くっついてた体が少しずつゆっくり離れていって、俺は呆然と、それを目で追った。
伏せられた黒い目がゆっくり持ち上がり、俺を捉える。
真っ直ぐで強くて、きれいな目だった。


「お前に、」


ヨシノは、言う。
真っ直ぐ俺を見つめながら、迷いのない声で、ヨシノは言う。


「お前に逢えて、変われたんや」
























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あきゅろす。
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