[携帯モード] [URL送信]
6





* * * * * *



激しい冬の雨の中、傘もささずに歩いてきた俺が辿り着いたのは、小さなボロいアパートだった。
雨にさえカンカンと音をたてる階段を、うるさい音をたてながら登る。
どの家の明かりも、もう消えていた。

そんなアパートの2階の、一番奥の一室。
そこの前に辿り着くと、俺は迷うことなくインターホンを鳴らした。
ピンポーン、と能天気な安っぽい音が響く。
きっと近所迷惑なんだろうなあと思いながら、俺はもう一度インターホンを鳴らす。
ピンポーン。起きてくださーい。
けど、俺の訪問に気付いていないのか、はたまたインターホンの音で起きたが面倒で布団の中にいるのか。
部屋の主が玄関に向かってくる気配はなかった。
俺は、ドンドン、とドアを叩く。


「おーい起きろよー開けろーヨシノー」


ドンドン、ドンドン。
何回か叩いてみるが、やっぱり起きる気配はない。
「なんだよ、起きてろよー起きろー」と言いながら、雨の中血を流しながら歩いてきた俺は、ヤツの部屋のドアを背に、ずるずるとしゃがみこんでしまった。
くらくらする、目眩がする、ちょっと、ヤバイかも。
ぶるり、と体が震える。


「あー……」


冬の冷たい雨に濡れた体は、冷えきっていた。
寒さに、震えは治まらなかった。
血を流したからなのか、ただの寒気とは違う、気持ち悪い感覚だった。


「……さみィ……」


ぼおっと、夜の闇を見つめた。
暗い闇は、まるで限りがないみたいに、どこまでも続いてるように思える。
そんな中にひとりいると、またいつもの空虚な気持ちだとか虚無感が襲いかかってくるのを、感じた。
せっかく、全部流せると思ったのに。


「……死ぬんかなー」


なんとなく、呟いた。
傷が傷だから、たぶんこれくらいじゃ死なねえだろうってのはわかってたけど。
でも、もし死ねるなら、それはそれで悪くねえなーって思った。
自分んちの前で血流して死なれたあいつは、ふざけんなって、怒るだろうけど。


「……ヨシノー……」


ドン、ともう一回、弱々しくドアを叩いた。
ちょっと目眩がひどくて、息がしにくくて、これはもしかしてもしかするんじゃねえ?って思った。
左手首を見てみれば、血は、もう止まっていたけど。


「あー……ヨシノの馬鹿ー……」


呟く。
本人がいたらきっと殴られんだろうなあと思いながら、俺は目眩を誤魔化すように続けた。


「馬鹿ーアホー無表情野郎ー鬼畜ー」


そんな暴言でさえ、雨の音に掻き消される気がして。
俺は思わず、小さく笑った。
おかしくもないのに、笑えた。

俺が今ここで死んだら。
本当に悲しんで泣いてくれるやつは、いるんだろうか。


「……なに人んちの前で、ずぶ濡れで血流しながら笑っとんねん」


意味のない思考は、そんな言葉に遮られた。
耳に馴染みのある声に、馴染みのある関西弁。
俺は自分が登ってきた階段の方を見た。
そこには目に馴染みのある姿があって、そいつは白いコンビニ袋を一つ持っていた。


「……ヨシノ」


その名を呼ぶ。
雨の音にさえうるさく鳴る階段は、こいつが通る時は一切鳴らない。それはいつものことだった。
(そういうとヨシノは、お前が聞いとらんだけやろ、と呆れたように言ってたけど)


「なんだよ……お前寝てたんじゃねえのかよー……」
「腹ぁ減ってもうてコンビニ行っとった。……それよか、ほんま何やっとんねん、毎度毎度……」


はあ、とため息を吐かれる。
ヨシノは俺の目の前にくると、俺の右腕を掴んで、乱暴に体を起こさせた。
強い力に一瞬痛みが走ったけど、俺はそれについて、何も言わなかった。


「……またやっちったー」


はは、と緩く笑ってみせれば、ヨシノは不快そうに眉を寄せる。
迷惑だろうなやっぱ、と思った。
それから、気持ち悪いだろうな、とも。


「……お前のくだらん事情は、後で聞いたる。早う中入れや」
「……ヨシノが聞いたくせに」
「うるせえ。傷の手当が先に決まっとるやろ」


「人んちの前で死なれたら迷惑や毎度言うとるはずや」とヨシノは軽薄に言い放った。
けれどその言葉の裏の優しさだとか、そういうもんに俺は、気付いていた。


「……さんきゅ」


だから、だけど、それしか言えなかった。ヨシノは何も言わなかった。
俺の冷えきった体を支えて、自分の家へ入っていくヨシノ。
ヨシノの家の中は、電気は消えてるのに、ほのかに暖かかった。























[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!