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『入って』


ミキの下を去り、引きずるように無抵抗な先輩を連れてきたのは、今は誰もいない、サッカー部の部室。
みんな、窓を隔てた校庭で、もうパス練を始めようとしていた。


『っ、……森下、……』
『俺さ、言いましたよね、先輩には』


小さく俯いてる先輩の後ろでドアを閉めると、俺は、先輩を近くのロッカーに追い込んだ。彼の顔の右側のロッカーに、乱暴に手をつく。
きゅっと結ばれた唇が見えて、俺はさらに眉を寄せた。
ムカつく。


『俺、ミキが好きなんだって。……先輩、協力してくれるって言ったよね』
『……』
『嘘だったんだ?』
『……ちが』
『何がどう違うわけ?』


嫉妬なんて、みっともない。
そう思いながらも、とめられなかった。
俺は、先輩の体を、抱きしめた。


『――ッ!?』


息を飲む彼。強張る体。
俺は、先輩の耳元で、わざと低く、囁くように言う。


『先輩は、好きでもない奴に、こういうこと平気で出来るんだね』
『……っはな、せ……っ』


どっどっどっどっ、と、彼の鼓動が聞こえてくるようだった。俺は、先輩から体を離した。
そうして覗きこんだ表情は物凄く混乱してて、今にも泣き出しそうで、切なそうで、ひどく、煽情的、だった。


『さっき、のは、佐上が、泣いたから、……っ』
『は? だからなに? 慰めてたとでも言いたいの?』


わかってるよ、先輩。
先輩は優しいから、他人の痛みに耐えられないってこと。
自分の痛みならいくらでも溜め込むくせに、他人のそれには、すごく弱いってこと。

でもさ、わかってる、だから許せる、ってわけじゃ、ないんだよね。


『だってッ、それ以外俺に何が出来んだよ……!』


別に、何もする必要ないじゃん。
ミキを振ったのはアンタだろ?
それなのに泣いたからって優しくしたら、抱きしめたりなんかしたら、あっちは諦められないよ。
なんで、わかんねえのかなあ。

ムカつく。ムカつくんだよ、アンタ。


『……じゃあさ、先輩』


極力優しい声で、俺は彼を呼んだ。
恐る恐る顔を上げる、松本先輩。途端、固まる表情。
俺は、笑った。


『俺、ずっと“好き”だった相手に振られたようなもんじゃん?』


壊れてく。壊れてく。
今までの心地いい関係が、彼の淡い恋心が。
俺の、想いが。


『かなり、傷付いてんだよねー』


もう、戻れない。戻らない。
昨日までの、歪んだ優しい日々は。


『だからさ、』


俺は、動けないでいる彼の耳に、また唇を寄せて。



『慰めてよ、俺のことも』



それが、俺と彼の関係の、始まりだった。






















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あきゅろす。
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