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「何をしてるんだ……大丈夫か?」


横を見ると、彼が俺の肩に、彼の着物をかけていた。
思いの外、距離が近い。
至近距離からの彼の声に、思わず顔が火照る。


「ああ……大丈夫だ」


そう言いながら、羞恥から小さく俯いた。
彼はそれならいいと言いながら、俺から離れていく。
はっとして着物を返そうとする俺を、彼が止めた。


「冷えるんだろう。それをかけておけ」


こんな、何気ない優しさが。


「風邪を引いたら困る」


俺の想いを膨らませ、俺の心を惑わせると。
彼は、露ほどにも、思っていない。


「……すまない」


短くそれだけ言い、俺は彼の着物の裾を寄せ、握り締めた。
着物にはたしかに彼の体温が残っていて、それがおれには、じんわりと、あつい。
何故だか泣き出したくなって、それくらいに愛おしくて、俺は唇をかたく結んだ。
そうしないと、泣いてしまいそうだった。





不毛な、報われることのない同性への片想いなんて、しなければよかった。
思ったことがないと言えば、嘘になる。
出逢わなければよかったとさえ、思うこともあった。



けれど、愛しいのだ。



何よりも、ただ愛しい。
想いを捨てられない。
きっと出逢って片恋をする運命だったのだと、そう思ってしまう。
他の誰かを愛せれば楽なのに、出来っこなくて。

好きだから、愛しているから、こんなにも辛いのに。
好きだから、愛しているから、執着してしまう。


(愛執、だな)


俺も、彼も。
誰かを深く愛し、愛故に執着している。
彼はあの人に愛執し、俺はあの人に愛執している彼に、愛執している。
報われることのない想いに、それぞれが一人、身を焦がしながら。
たとえそれが、不毛なものでも、愚かなものでも。



きっと、この想いは、終わることはないのだろう。
きっと、この恋心は、消えることはないのだろう。
けれど許されない想いだから、恋心だから。
それならば、せめて。




(…あ、…の匂いが、する、)


握り締めた着物から仄かに香る彼の匂いに、堪えきれず俺は、一つだけ、涙を落とした。






(せめてただ、あなたのそばにいさせて)






愛 執
(想いを隠して、ただ、)


鱗ボーイズ様に投稿させていただきました!
※愛執……愛故に執着し、離れられないこと。またその様。(古典の用語)






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