5 「っヨウ……!」 離れてく。離されてく。 もう追いかけられなくなったおれは、肩で息をしながら、ヨウを呼んだ。 ヨウが、さらに速度を上げる電車の扉に手と顔をくっつけて、おれを見ている。 向日葵の鮮やかな色が、ちらちら揺れた。 「ヨウっ!」 思いを抑えきれなくて、おれはまた呼んだ。 それに反応するように、その端整な顔が歪む。 もう、限界だったのだろうか。 笑顔を浮かべていた頬を滑り落ちる、涙。 それを見た瞬間、おれは、硬直した。 電車は、止まらない。 「……ヨ、ウ、」 おれのその呼び掛けは、電車の走り抜けてく音に紛れ、掻き消された。 遠ざかり、見えなくなるヨウの姿。 ずきずき、胸が痛み出す。 でも、その痛みをもたらした本人は、もう、見えなくなってしまった。 「……ヨウ……」 最後尾の車両が、おれの横を通りすぎる。遠ざかる電車。 それをおれは、呆然と見ていた。 見ながら、ずっと、ヨウの泣き顔ばっかが、頭の中を回る。 もう10年以上前に見たっきりだった、ヨウの泣き顔。 胸が、痛む。 「……泣いてんじゃ、ねーよっ……」 なに、泣いてンだよ。 お前の夢を叶えるためだろ? 笑ってろよ。 ちゃんと笑えよ。 泣くなよ。 なあ、 「……っちくしょ……っ」 ……おれまで、泣いちまうだろ? ああ、本気で、あいつが好きだった。 冗談じゃなく、勘違いでもなく。 ヨウのすべてがずっと、愛しくて。 これからもきっと、好きなままだ。 変わることはない。 伝えることも、出来なかったけれど。 「……から」 もう届かないけど、届けられないけど。 「待ってるから……!」 叫んだ。 ありったけの声で、叫んだ。 涙声だろうが、気にならなかった。 ただ、叫ぶ。 届こうが届いていなかろうが、そんなことはどうでも良かった。 何年も経って、何十年も経って。 たとえ町も景色も家族も友人も、何もかもが変わっても、おれだけは変わらずに、ここでお前を待ってるから。 だから、変わらないでいてくれ。 ここに戻ってきてくれ。 お前を、待ってるから。 ずっと、いつまでも。 そして。また逢えたら、その時は、言わせてくれ。伝えさせてくれ。 この、狂おしいまでの想いを。 それまでは、きっと。 「待ってるから……っ」 おれの声は、もう誰に届くこともなく、静かに17の夏の中に吸い込まれて消えていった。 蝉の声が、聞こえてくる。 青空の下、向日葵が風に揺れる音が、した。 ← [戻る] |