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02



「――レイ」
 覚醒は突然だった。
「……あ、」
 瞼を弾くように開けて、礼史はその世界の暗さに目を瞬かせる。窓から差し込んでいたはずのオレンジ色の光は消え、バスの中は薄明るい電灯だけが照らしていた。窓ガラスは曇って、向こうの景色は見えないが、その暗さだけはわかった。
首に寝違えた時のような、熱に似た痛みを感じて、礼史は横に倒していた頭を持ち上げ、ぐるりとバスの中を見渡す。バスの中には、誰もいない。
「終点だってよ。起きろ」
 隣のショウの、少し呆れたような声。礼史はその彼を見て、どうやら自分が彼に凭れ掛かって「一番おわり」まで寝てしまっていたことに、ようやく気付いた。
「すんません、……おれ、寝て……」
「いい。それより――」
 ショウはそんな礼史を気にした様子もなく、自分のすぐ横の窓ガラスの、少し発露が薄い箇所を、傷跡の目立つ無骨な手で、擦る。そこから見える、群青に似た深い色。それを見てから、彼は礼史を振り返り、初めて見るような表情で、笑って見せた。
「見ろよ、……海だ」
「……あ……」
 覗き込んで、目を凝らす。夜の闇に溶け込むように、たしかに、窓の向こうには海が広がっていた。静かな、情景。それを少しの間眺めてから、礼史はショウを見た。目が合って、また、ショウが笑う。「海だ」と。
 運賃をショウが何も言わずに二人分払い、バスを降りた。外は身震いするほどの気温で、礼史は思わず上着の首元に顔を埋めて、ポケットに手を突っ込んだ。すぐ横からの海風は冷たく、潮の匂いがした。二人が降りると同時に背後でバスの扉が閉まり、どこかへ走っていく。おそらく、近くに車庫でもあるのだろう。バスの中から洩れる明かりが遠のいていくのを、礼史は黙って見つめていた。
「さっみー」
 ショウが、誰にともなしに、呟く。礼史はその横顔を横目で盗み見てから、視線を反らした。
「寒い、すね」
 二人が今立っている、バス通りだと思われる道路の向こうには、ガードレールを挟んで、砂浜が広がっている。その水打ち際を、何度も暗い波が訪れては、帰っていく。わずかに波音が聞こえるだけの、穏やかな冬の海。それとの境界線をなくしたような深い群青の夜空には、星々が散らばっていた。


小屋の中でオリオンなぞる。

倒れかけた翔の手をとった時、冷たい。発露を拭ったから。

バス通りを横切るとすぐ海の砂浜。でもそっちにはいかずに、
「さんみ」
「さむいっすね」
「バス、もうねえって。今日は野宿だな……」
「そっすね」
「そっすねじゃねえよ、馬鹿」
「すんません、……小屋が、ある」
「バスの待合室だな、ありゃ。あそこでいいか」
行きながら「海、すげえなぁ」
「……初めてっすか」
「ああ、初めて」ごろごろご機嫌
「近く、いきますか」
「いや、いい。こっからで」
「……」なんとなくそれが悲しい
「なんにする」自販機の前で
「……ココア、で」
「はいよ」投げ渡す。自分は珈琲
これで離れたとこにある自販機に行き買う。そして木造の待合室入る。扉締めて。窓がある。
「……で?」
「はい」
「おまえ、なんでおれのことさらったの」
「……わかんねっす」
「は?」
「バスん中でも考えてたけど、よく……わかんなくて。でも、なんか、ショウさんが……どっか遠く、いっちまいそうな気がして。だったら……一緒にどっか、逃げちまいたいと……」
「……さすが、馬鹿だなおまえは」顔をそむけて笑う
「遠くにいくのは、おまえだろうが」
「おれ、捨てられます」なんも考えずに言ってる
「は」
「ぜんぶ、捨てられます。だから、ショウさんもぜんぶ捨ててください。海、見てるだけでいいなんて……そんなこと、言わないでください……」無意識に手を取る
「どこにも、いかないで……」横を向いてるその顔を、横から夜の海が反射した月明かりが照らしてる
「……馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」寂しそうに笑う
「おまえ、ガキどうすんだよ?女だっているんだろうが。それを捨てるなんて許さねえぞ、おれは」
「っでも、……でも……」
「でもじゃねえ、絶対に、だめだ」
「……ショウさんは、これからどうするんですか」
「……さあな」
「さあなって」
「おまえには、関係ねえことだ。首突っ込むなって、そう言っただろ」
「……」泣きそうにうつむく
「……こんな時だけ表情豊かになるなよ、おまえは」苦笑し、とられていた手を離しその手で少し離れようと、肩を押すように叩く。それをとって、
「……ショウさん……」切なそうな声、目。それを見て、ショウが一瞬固まり、無言で見つめ合う。
ふっと目を伏せて、ゆっくりとした瞬きをするショウ。それを見て、目蓋が持ち上がった瞬間に無意識に唇を重ねる。そのままなし崩しに押し倒す。

「っ、ん、……っ……!」
「っふ、……は、ショウさ……」
「ぁ、っ、う……っ」
「息、っくるし?体、痛いっすか……っ?」
「だい、じょぶだ……っ」
「でも、っん、」
「……いーんだよ……ムショで、慣れてっから……っ」
「……っショウさん、も、いいっす……っ」
「――っん、!」
「も、……だまって……っ」
「っ、っ、も、っと、強く、……っ」
「こ、う……ですか」
「っ!……っん、っは、やべ、ぇ……も……っ」
「ショウさん、」ちゅ。もう、何回目?わからないくらいやってる
「……な、」手が伸びてくる。動きをとめて
「……マサトって、……」
「え……」
「マサトって、呼んでくれ……おれの、名前。一回でいいから、っ……」
「……マサト、さん?」
「――」ぴく。顔を上げて、くしゃっと、泣きそうな顔で笑う。それに目を奪われて、キスをする。
「っは、っ……っ」
「マサトさん」
「も、……いい、呼ぶな、っ」
「いやです。……マサトさん……」キスをして。ここで逃げるように、目を閉じる。
「っ、あ、……っ」
「マサトさ……っ」
「っ、ん、イ、シ、……レイシ……っ」







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