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* * * * * *



「…………ん、む」


唐突に意識が引き上げられ、緩慢な瞬きを繰り返し、心はゆっくりと一度寝返りを打った。視界が狭い。目を開けていることが苦痛だ。

なんか今、夢見てたような気がする……。
つか今、何時だ。今日は何曜日だ? 仕事、行かなきゃ……。あ、キャットフードがもうなくなるんだっけ。

寝起きのせいか、まとまらない思考が頭の中で浮かんでは散らかっていく。
時間が気になるし、最近はめっきり使わなくなってしまった目覚まし時計が枕元にあることもわかっている。
それなのに、腕を上げて時計を見ようとは思わなかった。


(あいつが、起こしにきたら……時間と曜日聞けばいい……)


そう、思った。
もぞもぞと動きながら、時折思い出したように目をうすく開け、緩慢な瞬きをする。それでもすぐに目を閉じてしまい、また開ける。その繰り返し。


(あいつ、こねえな……)



「そういやさ、」


そういや、こないだ買ったキャットフードがもうなくなりそうだったから、今日にでも買って帰らなきゃいけねえな。
心が声には出さずにそう呟いた直後、小島がそう直前までの話を切り替えた。
つられて視線をやれば、その小島の後ろを、慌ただしくバイトの青年が料理とジョッキを手に通り過ぎて行く。


金曜日の夜ともなれば、駅近くの居酒屋"ジゴロー"は大変な賑わいである。
塩茹でされた枝豆を咀嚼しながら先ほどから世間話を続けている小島。彼が待ち合わせ前に席を確保してくれていなければ、きっと他の居酒屋を転々とすることになっていただろう。

8月も残すところあとわずかとなっても、厳しい暑さは続く。夜となってもさほど変わらないその暑さの中、居酒屋を探し歩くのはごめんだった。
暑さに滅法弱い心は、珍しく気の利く小島に感謝しつつ、視線だけで彼に言葉の続きを促し、キンキンに冷えた生ビールを飲み干していく。


「お前最近、残業減ったよなー」


「俺が押しつけなくなったからってのもあるけどー」とまったく悪びれもせずに、小島は笑う。心とは違いまだジョッキ半分も飲んでいないのに、もう酔い始めてきたらしい。いやに上機嫌だ。
そんな小島に、まだまだ素面の心は苦笑するしかない。


「自分で言ってちゃ世話ねえよ。……まあでも、たしかに減ったな」


二、三日前から「近いうちに飲みに行こうぜ、大事な話がある」といつになく真剣な面持ちで繰り返された小島からのお誘い。
それならばとお互い都合の良かった今日に決めたのだが、余程言い出しにくい話なのか、小島は肝心の"大事な話"に触れる様子はまだない。
このペースじゃ話す前に潰れるんじゃねえの、と思いながらも、酒のつまみに頼んだ魚を器用に箸で食べながら、心は簡単に返した。


「まだ嫌がらせとか続いてんの?」
「いや、最近はもう全然。課長も小佐野さんも、まあ態度は素っ気ねえけどそれだけだしな」
「だろうなぁ!」
「だろうな?」


だろうなってなんだ、だろうなって。
それまで小島の振ってくる何気ない世間話に答えながらも、小島の"大事な話"が始まるのを待っていた心だが、小島のその言葉に思わずそう食いついた。
ここ最近ずっと考えていた、訪れた周囲の対応の変化、その理由。
それは、いくら心が考えても、自分では到底思い当たる節さえ見つからないものだったからだ。


「てかお前、毎日必ず三好さんにコーヒーいれてもらってるじゃぁん? しかもいーい雰囲気でさぁ! すっげー噂になってんぞォ、デキてんじゃねえかってさ!」


しかしすでに酔っ払いと化した小島は、いつにもまして人の話を聞こうとしなかった。
心の問いには答えることなく、上機嫌にニヤニヤと笑っている。


「デキてねえよ、どこでそんな噂流れてんだよ」
「うちのフロアぜんたーい。この前営業部のやつらにも聞かれたぜー」
「……どいつもこいつも、暇なのかよ」


ため息混じりに否定しながら、同じ課の同僚の女性を思い浮かべる。
たしかに彼女には毎日コーヒーをいれてもらっていて、それを感謝しながら受け取る時にすこし話しはする。
他のOLたちとは違って、どこか物静かで理知的で控えめな彼女は、かなり好感が持てるが、心にそんなつもりはないしきっと彼女の方も同じだろう。


「鈍感だなー、お前!」


……そうは言っても、小島には通用しないとは、わかっていたが。


「鈍感じゃねえよ。第一、俺みてえなのが人から好かれるわけねえだろって……」


自分で言っておきながら、地味に凹んだ。顰め面で、枝豆にかぶりつく。
普段ならなんとも思わないことで凹むくらいには、酔いが回っているらしい。


「へ? なんで」
「……なんで、って」


小島は本当にわかっていないらしく、きょとんとした顔で心をみている。


「……容姿は普通だし、無愛想だし作り笑いとか出来ねえし口悪ぃし自信家だし無駄にプライド高ぇし」
「うわ、ちょー痛烈な批判」
「……だから、他人から好かれる要素がねえってことだよ……、」

『心サン、』


「自分で言わせんじゃねえ」と言おうとした瞬間、頭の中に、突然、自分を呼ぶリクの満面の笑みが、蘇った。だから、言葉は出ることなく霧散した。
リクの表情は、いつだって真っ直ぐだ。真っ直ぐ、心を向いている。


「……まるくなった?」


そんな中、仕事の話になり、「」

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あきゅろす。
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