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俺は動物は嫌いだ。一緒に住むなんてありえん。勝手に決めんな。ただでさえタダ飯食らいの居候がいるのに、これ以上生き物置いとけるか。今すぐ元いたところに戻してこい。

心は一発渾身のパンチをお見舞いしてから、そう努めて冷静に一息でリクに告げた。
「それか一緒に出てけ、俺はそっちの方がありがたい」と睨みつけるのも忘れなかった。
心にしてみれば、本当にいい迷惑なのだ。


一か月前、訳のわからないうちになぜか心の家に転がり込んできたとはいえ、まだリクは家事をやるからいいとしよう。
出て行ってくれたらそれに越したことはないが、正直、助かってもいる。
(ゴミ捨て、洗濯、掃除、洗い物、料理など、心が会社から帰ってくるまでにすべて終わらせてくれている。買い物は行きたくないらしく、心が帰りに翌日の食料を買ってくることになっているが)
しかし、ネコは家事はできない。ただみゃあみゃあと鳴いて食べて寝てソファをダメにするだけだ。
置いておくメリットは何一つない。

しかし、そう説き伏せようとする心に、リクは眉を寄せ頬を膨らませ、駄々をこねる。


「こんな痩せっこけたちっちゃい子猫を元いた場所に捨ててこい!? ひっでーよ、心サンて名前のわりに心がないの?」


……あ、オレ今上手いこと言った。
眉を寄せて言った直後、自慢げに口元を緩める目の前の図々しすぎる居候に、心はこめかみをヒクつかせた。ついでに口元もヒクつく。
見た目だけはまともそうなこの非常識人は、そんな心の様子に気付くこともなく、両腕で抱えた子猫に顔を近付け、甘い声で「ひどい人だねー?」と囁いている。


ひどいのはお前の常識のなさだ。同居人ならまだしも家事をしてるとはいえただの居候のくせに家主が留守の間になに勝手なことしてやがる。
てか上手いことなんかひとっっっつも言ってねえからな? 何が名前のわりにだ馬鹿野郎。てかネコお前も「みゃあ」とか言ってそのバカに賛同してんじゃねえよ。

以上が心の言いたいことなのだが、怒りすぎると、人は言葉を出せなくなるらしい。
心が言えたのは、その言いたいこと、のうち。


「バカか? なあバカなのか?」


バカ、という部分だけだった。


「なんでバカ!」
「常識なさすぎんだろ、バカ、まじでバカ。勝手に居座ってるくせにさらに勝手に居候増やしやがって……」
「でも家事やってるよ? オレ。正直助かってるべ」
「……あーはいはい」


さきほど自分が考えていたこととまったく同じことを指摘され、心は落ち着かない気分で言葉を流した。怒りが自分の中でしゅぅううう……と音をたてて消えていくのを感じる。
こいつと話してるといつもそうだ。心は思う。
いつの間にか、怒ってたこともムカついてたことも、どうでもよくなっちまう。


「? 心サン?」


……この、ノーテンキそうなカオ。これのせいか?
そんなことを考えながら、ついリクの顔をじろじろ見てしまった。
ノーテンキそう、とは言っても、それはあくまでも表情の話である。リクの容姿は、こうして明るい中で見るとよくよくわかるが、作り物めいて見えるほどに整っている。

なめらかでキメ細かい、健康的な色の肌。目はくっきりとした二重の切れ長で、その奥には淡い緑の宝石がはめられている。
鼻筋は通っていて、横から見たときの曲線が見事で惚れ惚れする。唇は少し薄めで、ほのかに赤い。
猫っ毛で柔らかい髪は見事な黒髪で、今もこうして蛍光灯の光を受けて緑に光っている。
細身だが女性的ではなく、均整のとれた骨ばった男の体。

黙っていると、本当に生きているのかと思ってしまうほど、美しい。
あくまで、黙っていればの話、であるが。


(……まあ、こいつが本当に”生きて”んのかどうかは知らねえけどな)
「心サン? ほんとどうしたわけ?」
「……あ? ……あ、いや、なんでもね」


リクに軽く肩を叩かれて、ようやく意識が戻ってきて、心はリクから、視線を反らした。
しかし反らした先で、ソファの上で今度はお行儀よく伏せてきゅるんと自分を見つめている子猫と目があって、心は思わず言葉につまる。そんな目で俺を見るな、猫よ。


「もしかして、……オレに見惚れちゃったのかい? オレのこの美貌に!」
「はははは、きめえ」
「……! ひでえ!」


子猫の視線から逃れようと、リビングに置いたテーブルの椅子を引いて座る。リクがそれを後から追いかけてきて、何やらきゃんきゃんと言っている。
それにしても、さっきまでは怒りで気付かなかったが、魚のいいにおいがする。今夜は焼き魚のようだ。


「心サンてさー、オレの扱いひどいよね?」


心の正面の、対になった椅子に腰かけながら、拗ねた様子でリクが唇を尖らせる。ちゃっかりその腕には、例の子猫が抱えられている。
テーブルに頬杖をつきながら、それを見て、小さくため息。


「わけのわからんうちにわけのわからん理由で転がり込んできたわけのわからん奴には、正しい扱いだと思うぞ俺は」
「だからって! オレ、神様なのに!」


「家事やらせたり殴ったり蹴ったり、こんな扱いするの心サンぐらいだワ……!」と顔を両手で覆ってわっと泣き出すふりをするリク。宥めるように子猫に腹に擦り寄られて、すぐにデレっと笑ってしまっているが。
リクの発言に、さらに何かを吸い取られた心は、また、ため息をついた。今度は盛大に。


「……神様じゃなくて、神様”見習い”、だろ」
「近々昇格する予定なんです―」


「ねー?」と子猫の前足をにぎにぎと握りながら、甘く微笑んでいる。その感触に「命のぬくもり……!」とまた悶えている、リク。
お前みたいな奴が神様だったら、天国はぽわぽわしたのの集まりになりそうだな。
そう言おうとして、なんとなくやめた。神様だって? なんともバカバカしい。


「かわいい、みゃあ」


しかも、なんだ、そのだらしない笑みは。目の前の自称・神様見習いの破顔に、心は眉を寄せる。
子猫は相当リクに懐いているのか、離れる様子は全くない。リクも子猫がかわいくて仕方がないのか、離す気はなさそうだ。
これは、無理だな。そう悟ってしまって、心は余計に重くなる息を吐いた。
一か月近く前にも、たしか同じことを思った気がする。そう思ったら、なんだかおもしろくなかった。
心の様子に、リクがようやく気付いて、首を傾げる。


「どうしたん? 心サン。眉間の皺、やばいよ? ……あっ、みゃあは絶対元いたとこになんか戻してこないから!!」


非常におもしろくない、のだけれど。


「……あーもうなんかすげえ疲れた……もういいよ、とりあえず今日はそいつ置いといていいからよ……」
「とりあえず今日はって!」
「うん、とにかくさあ。……早く、お前のメシ食いたいんだけど」


出来たての美味しい夕飯、クーラーのきいた部屋、嫌いなはずの動物、自分以外の声、笑顔。
「おはよう」「いってらっしゃい」「おかえり」「いただきます」「ごちそうさま」「おやすみ」
わけのわからないうちに、わけのわからない奴にもたらされた変化だけれど。
その全てが、心にとっては。


(そう悪くもない――なんて、)


そんなことを言ったらこの目の前の神様見習いとやらはきっと調子に乗るから、絶対、言ってやらないけれど。


「はい心サン、お茶碗」
「おう」
「それじゃあ、」


「いただきます」とリクが言うよりも早く、テーブルの下で、子猫が夕飯を食べ始める。
キャットフードなんてものがなかったために、今日はご飯のあまりを食べさせることにしたのだが、ものすごい食べっぷりだ。
みゃあみゃあと鳴きながら食べるその姿に、思わずリクと顔を見合わせて。リクだけが、ふはっと楽しそうに、笑う。
明日は帰りにペットフードも買ってこよう、と、笑うリクを見て心はぼんやりと思った。


『ね、心サン。オレ――』


目の前で無邪気に笑う青年が、あの日自分に約束したこと。
一方的でまったく迷惑なはずだったその約束を、心は今も、覚えている。


「いただきます」
「……いただきます」


なんだかなあ。いつもと同じく美味しい味噌汁を啜りながら、心はぼおっと、そんなことを思った。




























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