4 おれは、ヨウの小指をぎゅっと握ったまま、うつむく。 そんなおれを、ヨウが、小さく呼んだ。 「……ユキ……、」 頼むよ。 今だけ、少しだけ、こうさせていて。 その時、ゴオッと音をたて、寂れたホームに電車が滑り込んできた。 汗ばんだ体を、風が撫でる。 言わなきゃいけない。さよならの合図を。 おれたちが、それぞれの夢を追うために。 「……ヨウ…っ」 知らず知らずのうちに、呼んでいた。 ヨウは、何も言わないかわりに、おれの小指を握り返す。そんな反応さえ、愛しくて。 泣いちゃだめだ。 そう思うのに、思いと裏腹にどんどん涙腺はバカになっていって。 風を巻き込んで、電車が、止まる。 少しの間を置いて、扉が開いた。 言いたくなんかねえけど、言わなきゃ。 おれからは、どうしたってさよならは言えない。 だから、そのかわりの言葉を今。 「………ゆびきった」 ぱっと離れるのが正しい指きり。 でも、おれたちはお互い、ゆっくりと指を離した。 体温が、離れる。 おれは無理矢理に笑う。 「……電車、きたしよ」 ヨウが珍しく、小さな声で言った。 斜め横にあったキャップのツバを前にして、深く被り直す。おれは頷く。 「ああ」 「……行かなきゃ、いけねえから」 「ああ」 「……行くな?」 「…………ああ。行ってこいよ」 声が震えたのは、聞こえなかったふりをしてくれ。 うまく笑えてないのは、見えてないふりをしてくれ。 「………」 ヨウは何か言いたそうに口を小さく動かしたけど、きゅっと唇を結んでしまった。 深く被ったキャップのせいで、表情はよく見えない。 そしてヨウは、下に置いていたショルダーバッグを、肩にかける。おれは拳を握った。 「……元気でな」 俯いたまま、ヨウは言った。 「ヨウもな」 「無理すんなよ」 「ヨウもな」 さっきおれが言った言葉に、ヨウの言ったような言葉を返す。 ヨウはうっすら笑った。その手の中には、向日葵。 「……約束、守れよ?」 「……ばーか。俺が約束破ったことあるかよ?」 おれが言えば、ヨウは笑った。 うまく笑えてなかったのは、気のせいだろう。 「……それじゃあ、そろそろ時間だから」 もう、電車が出る。 「……ああ」 ヨウは、向日葵を少し揺らした。 そして、キャップをとり。 「……!」 固まるおれに、ヨウは笑う。 やっぱ向日葵みたいに、でも、悲しそうに。 泣きそうな笑顔で。 「じゃあな、ユキ」 息が つまる。 ヨウは、きゅっと唇を結びくるりと踵を返して、電車に乗り込む。 おれはただそれを見ていた。 ゆっくり閉まる扉。 おれを見たまま、笑うヨウ。 「……ヨ、ウ」 かわいた声で、呼ぶ。 走り出す電車。おれは、電車の横を歩き出した。 扉の向こうで、ヨウは向日葵を抱えたまま、笑っている。 でも、その肩が小さく小さく震えてることに、おれは気づいてしまった。 「ヨウ……!」 歩きでも並べるほどゆっくりだった電車は、速度を徐々に上げていく。 漫画やドラマみたいに、それに合わせておれも早足になり、小走りになり、走り出す。 「ヨウっ」 必死で並ぶ扉。ヨウは、まだ笑う。 「もういいから。追いかけんな」、そう言いたげに、ふるふると首を振るヨウ。 ふざけんなよ。 俺は何度も繰り返す。ふざけんな。 止まるなんて、そんなこと出来ると思ってんのか? こんなにお前が好きなおれに。 電車内の奴らがこっちを見ているけど、気にならなかった。 「……っ…!」 スピードが速くなり、名前を呼ぶ余裕がなくなる。 少しでも近くにいたくて、おれは全力で走った。 伝えられてないのに。 伝えることを躊躇っていたのは、自分なのに、伝えたくて、伝えたくて、おれは走った。 「……ッ、!」 徐々に離れていく、おれとヨウ。 それが嫌で、おれは死ぬ気で走る。 けどすぐに、ホームの先端近くに来てしまった。 あそこに行ってしまったら、もうヨウを、追えない。 ← [戻る] |