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部誌提出作
Transparent [Red, Blue & Witch]E
 彼女の名前は赤樹真優(あかぎまゆう)。赤という名前とは真逆の蒼い髪をしていて、いつも髪型はポニーテールだ。視力はとても良く、黄金色の瞳を持っている。表情と言動が一致しない奴で、放っておくといつまでも喋り続ける。誰か(俺は知らない)から貰った金色の懐中時計を大切にしていて、大体制服ではネクタイを着ける。数少ないオカルト部員の一人であり、――一昨日仲和に顔面を破壊された。
「……マユウ」
 俺は彼女が仲和に殴られるのを確かに見た。だが、だが、俺はこんなのは――知らない!
「おはよう!昨日学校来てなかったけど、大丈夫か?」
 彼女、いや彼は『仲和の顔で』にっこりと俺に笑いかけた。仲和の顔で!
 昔の俺なら確実に気が付かなかった。けれども今の俺は目が覚めている、気が付いている。名前は失したらまた別に名乗れば良い。だが、見た目を失してしまったら――どうなる?
「なぁ、聞いてる?」
「……仲和をどうした」
「へ?」
「お前が盗んだ容姿の持ち主はどうしたと聞いているんだ!」
 俺はソイツの襟元を着かんで怒鳴った。自分では結構冷静な性格をしているつもりだったのだが、熱血漢にでもキャラチェンジしたのだろうか。一昨日の仲和のことを怒れないな、なんて僅かに残った冷静な部分が考える。
「……一回、離してくれない?」
 ふ、と彼は笑みを作った。彼が作った顔には仲和の笑顔が張り付いているのに、とても恐ろしい。
「あは、ありがとう」
 彼は俺の手から力が抜けたのを見てにっこり笑った。言われて離した、というよりも恐怖を感じてという方なんだが。
「好きだったんだ」
「……は?」
 突然、本当に前触れも無く、だ。彼はそんなことを言った。
「君のことが好きだった」「でも自分のこの姿は仮の物だから」「本当に君のことが好きなのか分からなかった」「だから男になっても好きなのか確かめたかった」「結局よく分からないままだったけど」
 彼の声は次第に高くなり、体つきは女性らしくなっていった。顔も目や口に仲和らしさを残したまま、女性の形へと変化していく。
「俺は」「私は」「宇宙人なの」「名前も姿も持ってない生物」「他人の物を盗らないと自分を保てない」「でもそれは自分の物じゃないから長く保たなくて、毎日色んな人から盗った」「そんなのはいけないことだって我慢したことだってある」「だけど」「それは自由意思じゃないんだ」
 そこには小さな少女が立っていた。彼女が男性だった面影など既にない。
「勝手に盗ってくんだ」
「誰か」
「助けてよ」
 ほろりと。彼女の目から一粒の涙が零れ落ちた。
 俺は確かに仲和のことで怒っていた。俺と魔王の名前を盗んだ事も、怒っていなかったと言えば嘘になる。だが、その涙を見た瞬間、全てがどうでもよいことの様に感じた。俺は勇者だ。目の前の彼女を救えなくて――何が勇者だ。そんな奴、勇者と名乗る資格なんてない。
「……俺が、助けてやる」
 何か答えが返ってくる前に俺は彼女の手を掴んで走り出していた。


 もしその場に仲和が居たら「甘い、甘過ぎる。メグちゃん(仲和の好きな美少女アニメの主人公だ)の作るチョコレート掛け砂糖菓子より甘いぜ」なんて言っていたことだろう。けれども俺は彼女を助けたいと心底思ったし、虫の良い話かもしれないが、彼女は悔やんでいるようでもあった。
 俺が向かった先はオカ研の部室であった。少し息を切らせ気味に扉を開けると、先客がいた。メグちゃんのお面をつけた仲和が頬杖をつきながら、椅子に座って待っていたのだ。
「仲和っ!」
 仲和は何か言いたげに首を振るが、結局何も言わなかった。仲和は生きていた、消えていなかった!俺はそれだけで十分な事のように感じられた。
「…………」
 仲和は黙ったままだ。俺は首を傾げた。ここ何日か仲和の声を聞いてないような気がする。その疑問に答えるかのように彼女は話す。
「ナカオは視力と声と容姿を貰ったよね……いたっ」
「そういう事を言うな、俺は助けるとは言ったが許すとは言ってない」
 彼女がにっこり嫌みったらしく仲和に笑いかけたので、俺は軽く頭を叩いてやった。彼女が男性になってから、彼女の容姿を気にするのが馬鹿らしくなってきた。
「仲和」
 仲和はこちらを見ていたが、俺はわざと彼の名前を呼んだ。
「彼女を、助けたいと思う」
 仲和がどんな顔をしたかったのか、俺には一生分からないだろう。メグちゃんのお面は笑顔の形のまま変わらないし、もしそれを外したとしても彼にはそもそも表情をする顔も無いのだ。ただ、少なくとも彼はお面上は溜め息をつくような仕草の後、『勝手にしろ』とでも言いたげに手をひらひら動かした。
「……ありがとう」
 俺が言うよりも先に彼女がそう言った。仲和は彼女のことを許したなんて一言も言っていない。けれど、彼女は泣きそうな声をしていたので、俺は指摘しないことにした。
「なあ」
「なぁに?」
「意識して盗めるなら、意識して返すことも可能なんじゃないか?」
「それは無理」
 彼女は泣きそうな声から一転した声で即答した。
「盗んだ物は一旦親の元に行ってから支給されるの。あ、親って言うのは私達を創った原初の宇宙人のこと。私達はマユウ達とは作りが違うから、そういう事も簡単に出来るんだ。『他人の物は親の物、私の物は親の物、親の物は親の物』だから、それを借りることは出来ても他人に譲渡することは出来ない」
 ぺらぺらといらないことまで話す彼女はさっきとは別人のようだった。譲渡って元々俺の物だろうという文句は『他人の物は親の物』ルールで無効になるのだろう、きっと。
「もしかして真優、性格変わったのか?」
「あはは……まぁね」
 彼女は苦笑いして答えた。と言うことは、今も誰か性格が変わってしまった人が居る訳だ。
「ところで、助けてくれるって言ったけど何か策はあるの?」
「ない」
 彼女はコケた。それはもう、何処のギャグ漫画かって位に。スカートの中身が見えなくて良かった……少し残念だなんて思ってもいない。
「ちょ、ちょっと!」
「嘘だ、少しは考えているさ」
 彼女は起き上がっても疑わしげな目つきをしていた。俺は手を差し出して、彼女が立ち上がるのを助ける。
「だが、それよりもまずは目標について話さないとな」
「目標?」
「ああ。真優を助けること、つまり盗ませる能力を無くす。それと、俺達の盗まれた物の奪取……最悪の場合、俺と魔王は諦めるけど」
 盗ませる能力を無くす……ということは彼女が宇宙人ではなくなってしまう可能性もある上、彼女の言う『親』から何かされるかもしれないということも考慮しなければならない。
 トントン、と机の方から音がして見ると、仲和がノートに何やら書いていた。
『「親」とのリンクを切るのは簡単だ』
「どうやって?」
 ノートはぺらりと捲られ、次のページへ。
『お前専用の体を作れば良い。オカ研的なやり方で』
「専用の体って……錬金術の類か?」
 仲和は頷いてから、ノートに少し書き足した。
『俺と魔王の魔力を使うから正しくは魔術だけどな』
「それで、盗った物を返すにはどうしたらいいのっ?」
 現実味を帯びてきた目標に(端から見ると魔術とかとても嘘臭く、そうは見えないのだが)彼女はやや焦った様子で話す。仲和は落ち着けという意味か、止めるように手を出しノートの下の方を指した。
『新しい体が生成された瞬間、今までお前の中にあった物は不要になる。つまりは外に出てくる訳だ』
「そうか、その出た物を俺達が取り込めば……」
 落とした物を拾うのならば『他人の物は親の物』ルールは無効だろう、彼女には関係無いのだから。
「つまりは返したい物は全部借りておかないと、って事ね。……こう?」
 そう言った瞬間、彼女の印象が唐突に変わった。
「赤城真勇という名前の他に宮峰寧々子という名前も持つ。って無理矢理認識させてみた」
 仲和はグッと親指を立ててオッケーを示す。仲和が喋らないとこんなに楽に話せるのか、今度一度黙らせて部活をやってみよう。
「ウィッチ、勇者、真勇、居るか?」
 数回のノックの後、扉を開けてスーパーの袋を持った魔王が入ってきた。
「用意して来たぞ」
 入っていたのはスケッチブック、豚肉、エトセトラ。一体何に使うのだろうか。
『少しでも魔力の消費を抑える為に、肉体を構成する成分を買ってきて貰った』
「それ、何処に書いてあった?」
 勇者だった時は剣一筋だった為、魔術に関しては現代のあやふやな知識しか無い。オカ研の蔵書内にある物ならば是非とも読んでみたいなんて思った。喋れない仲和の代わりに魔王が話す。
「漫画」
「漫画かよ!」
 期待して損した!
『しかもその漫画では失敗している』
「怖い!信用するなよ!」
 何で実践してみようとするんだ!本物のウィッチのくせに漫画使うな!
「安心しろ、これは保険だ。それに術式もその漫画とは違う」
「……ならいいけど」
 彼女を見ると自分に関する事だからか、安堵の息を漏らしていた。確かに不安になるよな……。
「じゃあこの中から容姿を決めてくれ。イメージが無いと構成出来ないからな」
 魔王が取り出した物はスケッチブックだった。中には色々な女性のイラストが描かれていた。
「知り合いのイラスト部員に頼んで描いてもらった」
 アニメ絵が多いのはイラスト部員だからか。劇画タッチ過ぎるのも困るが。ぱらぱらとスケッチブックを捲る彼女の隣で魔王は色々と解説をする。
「真勇の事を調べた時に宇宙人だと分かっていたから、宇宙人フォルムに変身も可能だ。宇宙人姿も選びたいならこっちを見てくれ」
 魔王は彼女が宇宙人だということを知っていたらしい。イラストも直ぐに用意出来るようなものではないし、もしかしたら魔王はこの展開を分かっていたのかもしれない。二人が選んでいる間、俺は暇だったので仲和が部室内の召喚用スペースに魔法陣を書くのを眺めていた。
「……これが良い」
 しばらくして彼女が選んだのは白髪の少女だった。書いてあった名前は麻代木真白(ましろぎましろ)。
「中々良いのを選んだな」
 二人が声や性格、喋り方などの細かいことを決めている間、俺は仲和と一緒に豚肉エトセトラを魔法陣に設置していた。
「覚悟はいいか?」
 彼女を魔法陣に立たせてから魔王は彼女に問い掛ける。彼女は頷く。
「―――」
 魔王が文字では言い表せないような呪文を唱える。すると、魔法陣が光り始め、部室全てが真っ白な光に包まれた。


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