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部誌提出作
Transparent [Red, Blue & Witch]C
「あれ?」
 昨日に続いてネクタイが見つからなかった。
 注意力散漫、運が無い、忘れっぽい、色々と言われそうだが失した事には変わりがなく、見つかりそうになかった。そして、昨日と同じくこれ以上探せば遅刻しそうな時刻であった。
「……仕方がない」
 ネクタイの着用は義務づけられているわけではないので無くても構わないのだが、主義というか、着けていくのが当たり前になっていたので少し落ち着かない。
「……マユウ」
 俺は彼女に呼ばれた気がして振り返る。後ろには満月色の瞳が煌めく彼女が立っていた。
「あ、寧々子。おはよう」
「…………」
 彼女は返事の代わりにこくりと頷いた。俺達は並んで学校へ歩き始める。
「それでさ、……あれ?」
「?」
「なんていう名前だったか……えーと、あの人……」
 登校しながら彼女と他愛もない話をしていると、急に人の名前をド忘れして言葉が詰まった。忘れてしまった人物には申し訳ないのだが、いくら頭を捻っても出て来そうに無い。
「同じオカ研で、魔王って呼ばれている女の子なんだが……うーん」
「……ああ」
 彼女も俺の言葉で容姿は思い浮かべられたらしい。しかし思い出せないらしく、小さく首を傾げるばかりだった。
「……うん?」
 その時俺は何となく――ほんの僅かにだが、彼女と彼女の仕草に違和感を覚えた。それはもう次の瞬間には消えていて、何も感じなくなっていたが、俺はそれを流すような事はしなかった。
「どうしたの?思い出せた?」
 俺の視線に気が付いたのか、こちらを見てつらつらと話す彼女。
「いや、そうじゃなくて……何か、今寧々子がいつもと違うような気がしたんだ」
 いや、いつもの寧々子と違うと言った方がしっくり来る。普段の俺ならば間違い無く何も言わなかっただろうが、それは何となく『勇者』の勘が許さなかった。
「違う?違うってどんな風に?自分としてはいつもと同じだと思うんだけどなぁ」
 ひらりと彼女の身に着けているネクタイが揺れた。彼女はリボン派だったような……今はどうでも良い話だが。
 その具体的には言い表せない違和感をどう口に出そうか思案していると、不意に彼女が視界から消えた。
「…………ッ!」
 彼女が立っていた場所には、彼女の代わりに鉄パイプを持った仲和が立っていた。その彼女はといえば、一メートル程先に倒れている。
「い、ったぁ……」
 彼女は顔をしかめて起き上がった。不思議なことに頭に傷らしき物はあるものの、血は一滴も流れていない。
 そして彼女は、口を開いた。
「いたいじゃないなかおくんとつぜんこんなことするなんてきいてないよまあきいてたらとつぜんじゃないけどそれよりなんでこんなことしたのびっくりしちゃったいたかったなあできればあやまってほしいんだけどでもなかおくんにもなにかりゆうがあるんだろうからどうしてもあやまれないっていうならだまってゆるしてあげるよけどすこしくらいおこったってばちはあたらないよねあとびょういんにもつれてってほしいしわたしけがしちゃったしはたからみたらけっこうへいきそうかもしれないけどこのけがみてよかなりふかいけがじゃないだからねえなかおくんあやまってほしいな」
 俺は馬鹿みたいに開いた口が塞がらなかった。彼女はなおも喋り続けている。それを仲和は黙って眺めていた。
 俺は彼女に対する違和感で鳥肌が立っていたが、今は『そんなことはどうでもいい』。それに、確か彼女は『普段から』そんな性格だったような気がする。
「仲和!何やってるんだ!」
 仲和は少しだけこちらを見て、黙ってまた彼女の方に向き直る。そして近付いて――鉄パイプを振り下ろした。
「……ぐっ!……ぎいっ!……がぷっ!……ごふっ!」
 何度も、何度も、何度も、何度も。
 仲和は何も言わずに黙って鉄パイプを振り下ろした。俺が我に返って彼女から引き離した時には、彼女の顔はとても見れた物では無くなっていた。
「ね……寧々子……」
 呼び掛けても反応は無い。血だまりの中に浮かぶ彼女はぴくりとも動かない。
「おい、寧々子、寧々子っ!」
「ッ!」
 仲和は黙って俺のことを殴った。『これ以上名前を呼ぶな』とでも言いたいかのように。
 そこで俺は目が覚めたような気がした。まあ、頭をぶつけて気絶してしまったのだが。


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