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部誌提出作
夢と魔物と犬被りB
また日は過ぎて三月十四日の昼。俺は家のキッチンに居た。
普段は家に居る母親も今日ばかりは手紙のやりとりで外出して貰って、家には俺一人だけしかいない。もちろんそれには理由がある。
「よし」
今日はなんの日だと思う?メグちゃんと魔王の誕生日以外で。
そう、ホワイトデーだ!
極々普通のイベントだ。相手はもちろん東さん!東さんからのチョコはもう絶品だった!あれは完璧手作りだ、マジヤバい!…本命か義理かは比べる対象がないので分からない。そういう訳で俺は東さんへのお返しの為にクッキーを作っている。
必要な材料も母親に頼んで買って貰っているし、レシピもネットで調べて完璧だ。今、クッキーはオーブンの中、もうすぐ焼きあがるだろう。
「秋条…くん?」
器具を洗う手が止まった。嫌な汗がどっと出る。
まさか、まさか……!
「秋条くんだよね?」
俺は誰かに見られている!
吐き気が、眩暈が、動悸が、してきた。
「…俺を……見るなっっ!!」
絞り出した声は思ったよりも大きく、怒鳴るような口調になってしまった。
「あ……ご、ごめん…!」
バタバタと音を立てて、俺を見ていた誰かは廊下に出て行った。扉が閉まる音を聞いて俺は倒れるようにその場に座り込んだ。
「人の視線……久し振りだ……」
這うように歩いて俺はソファに倒れ込む。長らく人の視線を感じて居なかったから、あれだけで疲れてしまった。まだ恐怖で体が震えている。昔は何十もの視線に長時間耐えられたのに。まあ、耐えられたというか耐えざるを得なかったというか。
「……まだ、出られそうに無いなぁ……」


「ブラックウルフ、ブラックウルフ!」
うっすらと目を開けると、視界が緑色だった。
「……スライム、重い」
「メスに重いってなんですかぁ!」
「視界が緑色だから退いてくれ」
「それなら良いです」
スライムはもちゃっと俺の頭から退いた。
「寝てないでパーティの準備を手伝って下さいよ!」
「はいはい、すいませんねぇ」
俺は普段使っている寝床から這い出してスライムについて部屋を出た。今この世界に居るってことは、俺は現実では寝ているということになる。気絶したのか、眠ったのか分からないが、廊下にいる誰かを放っておくことになる。どうしよう。
「ブラックウルフ〜」
「悪い、考え事してた」
じとっとした空気を醸し出すスライムに我に返って謝る。
「いや、僕のことはいいんですけど、大丈夫ですか?」
「へ、何が?」
「さっきうなされていましたし、今も元気がなさそうです」
スライムは人畜無害そうに見えて案外鋭く、良い意味で人の心を揺らす。計算ではなく、天然で言っているのが更に心を揺らす。
「……嫌な夢をみただけだよ」
スライムは突然立ち止まり、俺の方を見る。そしてもにょもにょと俺の体にまとわりついてきた。
「スライム…?」
「怖い思いをしたときは仲間の温もりを感じると良いとウィッチさんが言ってました」
スライムは大真面目に言っているつもりだろうが、それが逆におかしかった。
「……どうですか?」
「ははっ……元気出た。ありがとう」
スライムは半液体なので、温もりどころかひんやりしたことは黙っておこう。
「なら良かった……あ、ここです」
スライムは大きな扉をぷにゅんと指差して言った。その扉には「極秘パーティ会場」と大きく書かれていた。
「なあスライム」
「はい」
「ここで本当にあってるか?」
「はい」
「このパーティって魔王には秘密なんだよな?」
「はい」
「『極秘』なんだよな?」
「はい」
「これでバレてないと思ってる?」
「はい」
「………」
俺はスライムにぺちぺちまとわりつかれたまま、無言で中に入った。
「えっ」
中には沢山の魔物達が居た。魔王のパーティなのだから当然だろう。だが、その中で俺は知っている「キャラクター」を見つけた。
「メグちゃんだ…!」
「魔女っ娘☆めぐめぐ」の主人公、蕗津メグ(ふきつめぐ)とそっくりな魔物がそこにいた。小学生並の低身長、衝撃的なショッキングピンクの髪(衝撃的過ぎたので二回言った)、それを頭の上でツインテールに結んで毛先がくるくるカールしている髪型、キラリと煌めくエメラルドグリーンの眼、「みゃは」という笑い方、そして超アニメ声!全てがメグちゃんだ!
「メグちゃんって…ああ、魔法少女のメグちゃんですか」
「魔法少女?」
「メグちゃんは魔法少女族の希少種じゃないですか。知らなかったんですか?」
そういうことか。っていうか魔法少女族って…。
「ド忘れしてた」
中西が言った通り、三次元に居ないだけでメグちゃんは存在するってことの証明だな。そうしみじみ思って見ていると視線に気がついたのか、メグちゃんはこちらに近付いてきた。
「みゃはは、君達も名前を持ってるみたいだねぇ」
「え?」
「メグの『蕗津メグ』と同じ、ブラックウルフ以外の名前」
メグちゃんはニィ、と俺が今まで見たことの無い笑顔を浮かべる。だが、俺に向けるその笑顔が唐突に俺の後ろへと向いた。
「ねぇ、ウィッチ?今のはウィッチに言ったんだよう?」
俺とスライムが振り向くと、そこにはウィッチが立っていた。いつものニヤニヤした笑みは無く、馬鹿にしたような、真面目な顔をしていた。
「メグちゃんだから何もしないと思ったら大間違い、バグだから何もしないと思ったら大間違い。勘違い甚だしい」
その言葉はまるで別人が言っているかのような口調だった。
「じゃあ名前言ってあげよーか?みゃは、びっくりするよねぇ」
「ふん」
今ビリッと火花が散ったぞ!だが、それ以上は何もなく、鼻を鳴らしてウィッチは去っていった。メグちゃんはというと、俺に顔を近付けにっこり可愛く笑った。
「みゃ、ウィッチが待ってるから起きてあげなよ」
メグちゃんが近くに来て喜ぶ暇もなく、俺は夢から覚めた。


 目を開くと、メグちゃんが居た。
「……えっ?」
驚いてよくよく見るとそれは本物のメグちゃんではなく(当たり前だ)、メグちゃんのお面を被った女性だった。
更によくよく見ると……俺は彼女に膝枕されていた。
おいおい、コイツ膝枕なんかしちゃって俺に惚れてんじゃねーのむしろ惚れてくれそしたら俺はリア充になれるヒャッホウ!と今位は思っても良いんじゃないだろうか。あ、ヤベ、鼻血出そう。
悶々と残念な妄想をしながらメグちゃんのお面を見た。あれ、なんかさっきより顔が近くなっているような気が…。…気のせいじゃない、え、嘘だろ!?もしかして…!
「……はっ!?」
がくっ、と頭が揺れた。
「え」
彼女はうたた寝をしていて唐突に目が覚めた時のようにキョロキョロと周りを見渡すと、小さく呟く。
「…ね…寝てた」
「………」
かなり焦ったけど、意外と期待してたのに…。
「あ、秋条くん。おはよー」
「…やっぱり東さんか」
あの時は全く気がつかなかったが、冷静に考えてみると彼女の声は普段から聞く東さんの声と同じものだった。我ながら酷い醜態を晒している。現在進行形で。
「うん。突然来ちゃってごめんね」
俺の家では東さんは特別な立場にある。家族が居ないときに来ても平気なように鍵の隠し場所も教えられているし、チャイムを鳴らさずに入ってくれとお願いされている。今回はそれが仇となったが。
「秋条くんってこんな顔だったんだね」
「想像より更に不細工でがっかりした?」
「そんなことないよ。秋条くん、凄く格好いい」
東さんの手が俺の頬に触れる。ひんやりとしていたのに、俺の顔は更に熱くなった気がする。
しかし、会話が続いたのはこれだけで、沈黙が続いた。お互い言いたい事も考えている事も分かっているのになかなか口に出せない。……いや、ちょっと膝枕を続けていたいって雑念もあるけど!
「……中西くんから聞いたよ。秋条くんのこと」
先に口を開いたのは東さんの方だった。
「どこまで?」
「秋条くんと面と向かって会う方法。他の事は聞いてない」
「そっか。いつ聞いた?」
「ついさっきだよ。私が廊下で待ってたら中西くんが来たの。もう帰っちゃったけど」
中西のことだから、東さんが廊下に居るのを見て大体状況を把握したんだろう。メグちゃんのお面を渡したのもきっと中西だ。
「東さん……」
言いたい事が沢山あって言葉が出てこない。チーンとクッキーの焼き上がりを示す音がして、無意識に言葉が零れる。
「好きだ」
……え。俺は今何でこんなことを言った?他にも言いたいことがあるだろうが!何やってんだ俺のチキンハート!
「……ごめんなさい」
そりゃ当然だ。こんな場面で好きでもない奴に言われれば誰だって断る。何故か東さんはあんまり驚いた様子は無かったが。
「秋条くんのこと、恋愛相手として好きだよ。でももっと好きな人が居るの」
はにかむ東さんに俺はかなり驚いていた。だって俺は引きこもりだし、顔も見たことが無いし、自分で言うのも何だが惚れられる要素が無い。俺の完全なる片思いだと思っていたのだから。
「叶わない恋だって分かってるんだけど、諦められなくて……そんな曖昧な気持ちで秋条くんと付き合うのは駄目だと思うの」
「………」
「いつか…私の中で秋条くんの事が一番になって、その時まだ秋条くんが私の事を好きだったら付き合ってくれる?」
東さんは申し訳なさそうに、だが嬉しそうな声で俺の告白を断った。
「……ああ」
そういや、いつまで膝枕なんだろう……?


俺は魔王のパーティ会場に居た。目の前に魔王が居たから、おめでとうと言ってやろうとしたんだ。
しかしその言葉はどごぉん!と轟音にかき消されてしまった。辺りは砂埃に包まれ、目の前に居た魔王も見えなくなってしまった。
「勇者だ!」
誰かがそう言うのが聞こえた。それと同時に何かが斬られたような音と悲鳴。そして、砂埃が無くなった時、見えたものは。
轟音の音源と思われる消失した壁。何匹も倒れている仲間達。
それと。
「ゆう、しゃ……?」
大勢の人間達だった。
「今日こそ魔王を倒して平和を手に入れるぞ!」
リーダー格の人間がそう言うと、人間達が雄叫びをあげてこちらへと向かってきた。
パーティ会場だったはずのそこは戦場へと早変わりした。
近くにいた仲間が斬られた事で俺はようやく気がついた。この世界のしくみに。まるでRPGだ。人間が魔王を倒す為に戦っているというゲーム。……それは、人間が魔物を迫害している、という言葉とイコールだったのだ。この世界の魔物達は……現実の俺と同じだ。
「こら!」
誰かの声ではっと我に返る。その声はウィッチだった。
「人間から逃げるな!」
それはまるで現実の俺に言っているようで、耳を塞ぎたくなった。
「正面立って戦いやがれ!」
「ブラックウルフ!逃げましょう!」
突然皆が戦っている隙間からスライムが現れ、逃亡を促した。
「……いや」
「なんで!?他の強い仲間に任せましょうよ!」
俺はスライムの方を見ずに、俺へと向かってくる人間を見据えて言い放つ。
「秋条アキラ改めブラックウルフ!ここで逃げたら男が廃るぜ!」
現実の俺は人間から逃げて引きこもりになった。俺はこの世界で、別の選択肢を見たくなったのだ。魔物が人間から逃げない、自由な世界を。
「覚悟しろ、人間!」
その希望の魔王を守る為なら俺は何だってしてやる。
「犬の餌にもならないなァ!」
俺は人間に飛びかかっていった。


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あきゅろす。
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