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部誌提出作
夢と魔物と犬被り@
目が覚めたら、そこは外だった。
夢だ、と俺は瞬時に判断した。何故なら外に居るから。外に居るから夢だなんて考えるのは、普通の人にとってはおかしい事かもしれないが。
空はさんさんと日が降り注いでいる。ぶるり、と俺は無意識に黒い尻尾を震わせた。
……尻尾?
っていうか、尻尾だけじゃなく全身が黒い毛に覆われている。明らかに人間じゃない体を俺はしていた。
「……まあいいけど」
所詮は夢だ。俺が夢の中で人間以外の物になったとして、現実の世界に影響を及ぼす訳じゃない。
「フラグを立てたね」
突然上から声がした。
「……は?」
上を見ると美少女と美女の中間位の年齢と思われる女の人が俺の事を見下ろしていた。女の人は背から翼を生やしていた。もちろん夢だからといってその女の人が宙に浮いていたりする訳では無く、俺が地面に横たわっていたから必然的に見下ろす形になっているだけだ。
「あーいや、こっちの話。ところでアンタみたいな犬がどうしてこんな危ない所にいるんだい?」
彼女の言葉から察するに俺は犬になっているらしい。
「……さあ?」
こんな所、と言われても初めて来たこの世界の事を全く知らないので答えられない。だが、いくらここが俺の夢の世界だからといって、適当に振る舞う事はこの世界で生きている彼女に失礼な気がした。
「そうかい。……平気みたいだねぇ」
「何が?」
彼女はひらひらと手を振ってまたごまかす。とても気になる。
「じゃあさ、行くあてはあるかい?」
「無い」
俺は即答する。ついさっきこの夢を見始めたのだから、行くあてなんてない。
「じゃあアタシと一緒に行く?」
彼女は楽しそうに、嬉しそうに、そして悪戯っぽく、笑った。
「何処に?」
「魔王の城に、だよ」


目が覚めたのは昼過ぎだった。俺は大きく伸びをしてベッドから出る。
今日は平日だ。俺は学生と言う身分ながら、家に居た。もちろん長期休暇中では無い。この時点で察しはつくと思うが、いわゆる登校拒否、いわゆる引きこもりってヤツだ。
俺は部屋の外で人がいないか耳を澄ませて確認してから、そっと部屋の扉を開けた。そして、廊下に置いてある食事の乗ったトレイを室内に入れ、素早く扉を閉める。もちろん鍵を掛ける事も忘れない。
食事をつつきながら、俺は今日見た夢の事を思い出していた。
魔王城へと向かう最中、彼女はこの世界の事を話してくれた。この世界の状態、価値観……RPGの序盤の解説みたいに。ウィッチと名乗った彼女はまるで俺が生まれて初めてこの世界に来たかのように話していた。
……なんとも都合の良い夢だ。このまま勇者にでもなるんじゃないかと期待したのだが、生憎俺はただの魔物らしい。ウィッチも魔物だと言っていた。そのウィッチが言うには、ブラックウルフと呼ばれる種族のようだ。そこはトップの魔王にしてくれと言いたかったが、彼女は俺の言いたい事が分かったかのように「魔王は人型ドラゴン以外に有り得ないね」と言うだけだった。その言葉の俺の感想はと言えば「人型ドラゴンってネーミングセンス無さ過ぎ」である。
コンコン、というノックの音がして、俺の思考は中断された。
「秋条(あきじょう)くん、起きてる?」
突然もう聞き慣れたいつもの声が聞こえて俺は慌てた。普段の時間よりも早い。
「お、起きてる。東さん、いつもより早いけどどうしたんだ?」
「今日は午前授業だったの」
扉の外に居る人間、東春(あづまはる)は同じクラスの人間……らしい。「らしい」と言うのは、俺が実際に学校で東さんに会ったことが無いからだ。
「そっか、昼飯は?」
「まだ」
「先に食べてくれば良かったのに」
「秋条くんに会いたかったから」
「………」
俺が無言になったのは、この女俺に惚れてるぜヒャッホウ!なんて自意識過剰な心が働いた訳ではなく、ただ単に照れているだけである。いや、違う、俺のチキンハートはこんな事じゃ動揺しないあばばばば。
……俺は顔も知らない東さんの事が好きだ。
引きこもりの俺に会いに来てくれたって事もあるが、話しているうちに性格や趣味など容姿以外の全てが好きになった。容姿は見たことが無いから分からない。
「……そういえば、あの本面白かったよ。貸してくれてありがとう」
「そう!あの本は私も大好きだから、気に入ってくれてよかった」
東さんは声を弾ませて嬉しそうに言った。
東さんは普通の人間だ。クラス委員をやっている訳でも無いし、俺に学校に来いと言いに来た訳でも無いらしい。一年程前だろうか、突然現れた。その日から、彼女は俺と他愛のない雑談をするようになった。どうして俺に会いに来たのか知らないし、聞く気も無い。聞いたら関係が壊れてしまいそうで、東さんがもう来なくなってしまいそうで、怖くて、聞けない。


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