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悪戯書き集
赤い人と黒い猫と何色でもない私
未送信メールが一杯になったから書きかけを消化しよう計画その2。

私の好きな事。
お昼寝をすること。
夕方のちょっと前位に干したての布団に寝っ転がるとすごく幸せ。
私の好きな事その二。
動物と戯れること。
いつも家の近くにいる黒猫はとっても可愛い。なでなでするとうっとりとした顔になって私まで幸せになっちゃう。
そして私の一番幸せな事。
それは――

「全く、嫌になるにゃあ」
黒猫はそう言った。
「何が?」
「ここに居ること、千歳と居ること」
「私と?」
「平和ボケしてくる」
黒猫はぐっと伸びをした。そしてまた私の膝の上に丸まる。
見ている限り嫌なようには見えない。
「私は幸せだなぁ。まったりしてて」
私達は田舎の家の縁側に腰掛けている。適度に風が吹き、ぽかぽかと暖かい。
「それが平和ボケって言うにゃ」
黒猫はそう言ったきり何も言わなくなった。どうやら寝てしまったようだ。
私は起こさないようにそっと黒猫を撫でる。黒猫の毛はふわふわで気持ちがいい。
撫でるのに飽きると、今度は空を見た。
ごろりと寝転がって空を見ていると気持ちいい。


「金正千歳、だな」
赤いメッシュの入った人は言った。
「……そ、そうですけど…」
「そーか」
赤い人はにんまりと笑う。
私はその笑みを見ていると不安になった。平穏が壊されそうな気がして。
「お前を迎えに来た」
やっぱりそうだ。この人は私の平穏を壊そうとしている。
「……っ、やだ!」
私は膝から黒猫が落ちるのも構わずに相手から遠ざかる。そんな私を見て相手は呆れたような声を出す。
「…別に誘拐とかじゃないの、お前も分かってるだろ?」
私は何も言わない。そんなの分かり切ってる。
黒猫がのそりと起き上がって赤い人の近くへ近付く。
「駄目だよ!戻ってきて!」
黒猫は私の声に耳を貸さない。赤い人は薄く笑うとしゃがんで黒猫を撫でる。
「はは、この子は正直じゃないか」
「………」
「そう睨むなよ。私は赤空葉菊って言うんだ」
赤い人、赤空葉菊は何が楽しいのか猫のような笑みを浮かべて私を見る。
「言わずもがな、教師だ」
平穏が、壊された。

「今年の担任は私なんだ」
葉菊は私と机を挟んで向かい側に座っている。何も答えないでいると勝手に話始めてくれた。
「今年で高二だろ?そろそろ不登校止めてくれると嬉しいんだけど」
この人は私を馬鹿にしているのか。そんなことで学校に行けたらとっくに行ってる。
「そうだ、クラスメートの手紙持ってきたんだよ」
葉菊は相変わらず猫のような笑みを浮かべて、バッグから手紙を出した。
決まりだ。この人は何も知らないんだ。知ろうともしてないのかな。
「………あなたは、私の何を知っているんですか」
葉菊の返事を待たずに私は続ける。
「あなたは私が不登校になった理由を知っているんですか。私がどんな人間か知っているんですか」
クラスの中に不登校の子が居るから。体面が悪いから。手柄になるから。だから来たに決まっている。
「知ってるに決まってるじゃないか」
葉菊は何てことはないようににんまりと笑う。
「金正千歳。今年で十七。不登校になる前の部活は文芸部で、投稿した全てのコンクールで最優秀賞を取っている。不登校になった理由は」
葉菊は意地悪くそこで言葉を切り、持ってきた手紙の束を見せる。
「病気で一週間程休んだ時に届いた手紙に賞を取ったことを妬む中傷の言葉、そして完成間近の原稿に悪戯書きをされた上にズタズタに破かれた物が入っていたから」
「………っ。…知ってて、なんで手紙なんて渡そうとするんですか」


「お前が不登校になった本当の理由、知ってるぞ」
「本当の理由?」
その時、ふと手紙の内容を思い出した。
「人間の心が怖くなったんだろ」
早く元気になってね、会えなくて寂しいよ。
励ましの言葉のはずなのに相手の面倒だという気持ちが手に取るように分かってしまった。
「……そうだよ」
その言葉を言ったのは私ではなく、黒猫だった。
「本当は中傷の手紙なんか、原稿なんかどうでも良かった。小説で人の心情を細かく書ける千歳には予想がついていた」
そこで黒猫はにゃあ、と一声泣いて私に擦りよる。
「だけど…励ましの手紙には励ましの言葉が書いてあったのに、励ましの言葉は込められて無かったんだ」
「…その事に絶望したお前は文が怖くなった」
黒猫の言葉に葉菊は続けて言う。
「ははっ。それなら文が怖くなったお前にこれをあげよう」
そう言って見せたのは、私が投げ捨てた手紙だった。
「いやっ…!」
「これ、実は手紙じゃないんだ」
「文は嫌なのっ…!先生も分かってるなら見せないで!」
いやいやと頭を抱える私に葉菊はそっと近づく。
「そうやっていつまでも逃げてるつもりか?……って私が言ったら満足なのか?」

2011/07/30

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