悪戯書き集 ハーミット・オランジェット 「貴方が裏切るなんて思ってもみませんでした」 彼は銀色の髪を揺らして私に短剣を見せた。その顔はいつもと変わらず無表情である。 「エタナー」 「……俺はやりたいようにやるだけだ」 剣を収め、私の脇を通り過ぎようとする彼の腕を私は咄嗟に掴んだ。 「あれほどチェティを崇拝していたのは演技だったんですか?」 じろり、と彼の眼球が私を射抜く。私は体が震えたが、腕は離さなかった。 「……チェティ様に演技なんて……出来る訳がない」 「けれど、裏切った」 私は無意識に彼の腕を掴む力を強める。 「エタナー、貴方をチェティの元に連れて行きます」 「断る」 彼は私を引き寄せる様に腕を引き、私はバランスを崩した。私は何をされたか分からない内に気絶させられてしまった。 「君は馬鹿だな」 チェティは楽しげに笑いを噛み殺しながら言った。 「何故エタナーが裏切り者だという結論に至ったんだ」 グラスに注がれた赤ワインを揺らしながら、彼は私に尋ねる。それは責めるような口調では無かったが、背骨が凍るようだった。 「探ってみた所、動きが一番怪しかったので……」 「エタナーが怪しいのはいつもの事だろう?」 チェティはとうとう堪えきれずにくつくつと笑い出した。確かにエタナーが怪しい(というか気持ち悪い)のはいつもの事ではあるが……。 「彼は単独行動を好む節がある。足りない程に寡黙で、不必要な程に慎重だ」 君を勘違いさせるような事を言ってそれをフォローしなかったんだろう、とも付け加えた。私は頷く。チェティが他人を褒めるのは珍しい。私よりも付き合いが長いとはいえ、エタナーに嫉妬する。 「放っておけば解決する。唯一の心配はちゃんと鮮度を保ってくれるかだけだ」 彼はグラスを傾け、赤ワインを軽く飲む。彼に触れた赤ワインはどす黒く変色してしまった。 2011/01/30 [*前へ][次へ#] |