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悪戯書き集
ハング・ド・オランジェット
チェティの吐息が首に掛かる。
「――止めた」
だが、それが首へと噛み付く前にチェティは離れた。
「今食べてしまうのは、勿体無い」
思い出した様に呟いた彼女は私を残して奥の部屋へと消える。
――また、食べて貰えなかった。
チェティは吸血鬼だ。血液以外の一切の食物を受け付けず、その上選り好みが激しい。不味い不味いと言いながらも食べるのは、それでも生に執着があるからなのだろう。
「ロット」
チェティが去った扉とは別の扉から、私の名を呼ぶ声が聞こえる。振り返らなくても分かる、エタナーだ。
「チェティ様の御食事は終わったのか」
「ええ、たった今」
「そうか……残念だったな」
彼の声は哀れみの籠もったもので、私は腹が立った。黙って睨み付けてやるとエタナーは無表情を崩して取り繕うように小さく笑う。彼は部屋に入ろうとはせずに、廊下に足を揃えて立っていた。
「俺はチェティ様がロットを食べる事は永遠に無いと思う」
「そんなことありません」
また無表情に戻ったエタナーの言葉を遮る様に私ははっきり言ってやった。
「チェティはいつか私を食べて下さいます。その証拠に『今食べるのは勿体無い』と仰った」
私はチェティの食べ残しを放置して部屋を出る。
「……ロットはそれまで待てるのか」
「これは私にとって修行であり、試練です。貴方の戒めと同じ様に」
視線を逸らさず、真っ直ぐエタナーを見た。彼も私の目を見ていたが、やがてふと視界から外した。
「エタナー」
「……何だ?」
そのまま去ろうとしたエタナーを私は呼び止める。彼は足を止めてこちらに振り返ってくれた。
「貴方もいつか戒めを破る日が来ると思いますよ」
「…………」
彼は何も答えずに闇に消えた。

2011/01/30

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