悪戯書き集 夢と魔物と犬被り(没ネタ) 「くあ……」 俺はブラックウルフの姿で欠伸をしながら寝床から這い出る。 「……?」 何かおかしい、と思ったら室内が妙に静かだった。普段は誰かしらが居て必ずと言って良いほど騒々しいのに。 「やっぱ居ないなあ…」 廊下に出てもやはり誰も居なかった。 「スライムー?ウィッチー?」 魔王城には俺以外、魔物が一匹も居なかった。洞窟の迷宮にも、極秘パーティ会場にも、ウィッチの部屋にも、魔王の部屋にも、誰も居なかった。 大広間にも誰も居なかった。しかし、ブラックウルフの鼻は不吉な臭いを嗅ぎ当てていた。 「スライムとウィッチと魔王の臭い…」 それと、血の臭いだ。ぞわ、と全身の毛が逆立つ。 それに、気がついてしまった。巧妙に消されているが、床にうっすらと赤と青の血の跡があるのを。 「まだ、魔物が居たのか」 入り口から声が聞こえて振り返る。そこには赤い鎧を着た人間が立っていた。 「っ!勇者…!」 「そんなに警戒しないでくれよ。一応俺は魔物の味方でもある」 へらりと笑った勇者は気楽な様子で俺に近付いてくる。俺は警戒を解いて良いものか迷っていた。だってまだ魔物歴1ヶ月だぜ? 「んー、まあ警戒しててもいいから、話を聞いてくれ」 しかし次に彼が言った言葉は、軽い調子だった物とは間逆の衝撃の台詞だった。警戒云々なんて吹っ飛んでしまう程の。 「………魔王は、死んだ」 「う、そだ…」 「正確には俺が殺した、だがな」 気がついた時には俺は勇者を押し倒していて、俺は今にも勇者の頭を噛み砕きそうだった。 「殺さないのか」 勇者は嫌な顔も抵抗もしなかった。 「お前が、俺の希望を!選択肢を消したのか…!」 俺の言葉は魔王からしたらとんでもなく迷惑で、独り善がりで自分勝手な物だったのだが、今の俺にはそんな事を考える余裕は無く、ただただ結局間違っていた選択肢を見つめて嘆く事しか出来なかった。 「…お前も似たような事を言うんだな」 「………」 「あのスライムと同じ、魔王に希望を託していた」 「っ!……スライムは、何処にいるんだよ」 「スライムももう死んでる。魔王よりも前にな」 少し前まで一緒に笑っていた奴らがもう死んでいるなんて、思考がついて行けなくて気が遠くなりそうだった。 「全部話すから…ちょっと、どいてくれ」 俺は言われるがままに勇者の上から退く。勇者は俺の顔を見て少し心配そうな顔をしたが、何も言わずに話し始めた。 「一昨日の事か…俺達勇者軍は魔王城を襲ったんだ。出て来たのは魔王と他の奴らには見えてないようだが、ウィッチとスライムだけ。情けない事に魔王一人に俺達は壊滅状態にされた」 この前も思ってたんだが、人間弱すぎだろ。いや、魔物が強いと言うべきなのか…。 「だが、魔王も疲れてたみたいで、一瞬だけ隙を見せたんだ。その時最後の勇者が魔王に襲いかかった」 卑怯だと思ったが、俺は口には出せなかった。人間が正義を振りかざせば、手段なんて関係無い事はとっくに分かってる。 「魔王が斬られる寸前、スライムが魔王を庇った」 「………」 俺はどんな感想を言えばいいか分からなかった。可哀想に?立派だ?どうしてこんな事をした?違う。俺はスライムに生きていて欲しかった。だが、何故盾になったとは聞くまでも無いし、盾になるなとも言わない。スライムと魔王のどちらかを選ぶ選択肢で俺はどちらも求めたのだ、両極端の両方をとって感想なんて出る訳が無かった。 その後勇者が言った事はこんな感じだ。自分一人で魔王に戦いを挑んだ、ウィッチが魔王を庇って死んだ、だが剣は魔王も貫いていた…頭が真っ白な俺が聞き取れたのはそれ位だ。 「どうして、こうなったんだろう…」 まだスライムと遊びたかった。まだ魔王におめでとうと言ってない。まだウィッチと話したい事がある。次の日彼らに会えないと分かってたら…。 勇者が明日も来るとか言っていたような気がするが、もう俺には聞こえなかった。 これからどう生きればいいんだろう。 その答えは案外あっさりと出た。 「また希望を探せばいいじゃん」 それは皆が死んだ悲しみや今までの友情を切り捨てて出た結論だった。薄情なようだが、切り捨てなければ立ち直れない。 だが、あの日以来俺はあの夢を見ることは無くなった。 ガンッ!と扉を思いっきり蹴る音が聞こえる。 「俺の事忘れてんじゃねーだろうな!」 中西だ。俺はかつて無い程に怒っているアイツにビビっていたが、無言を貫いていたた。 「久しぶりに来てやったと思ったら、本当の引きこもりみてーになってんじゃねーよ!」 更に扉を蹴る音が響く。そろそろ扉が壊れるんじゃないかと怖ろしい。 「そんなにあの夢が良いのか!現実を捨てる位に!?」 俺は無言を貫き通す。 「アイツらはもう死んでんじゃねーか!!」 「………え?」 中西の有り得ない言葉に、俺はつい、口を開いてしまった。 「何で中西が…死んだ事知ってんだよ?」 「あ……」 今度は中西が無言になる番だった。 「魔王達が死んだ事は現実では俺以外知らない筈だろ…?」 「………」 「もしかして、お前もあの夢見てたのか?」 「……わんわんのくせに」 「わんわん言うな!」 ブラックウルフは犬じゃなくて狼だし! 「しょーがねーなぁ、もう」 扉を蹴る音が止み、中西が廊下に座るような音が聞こえる。しょうがないのはどっちだ。勝手に自爆したのはお前だろ。 2010/10/28 [*前へ][次へ#] |