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悪戯書き集
鬼首戒&浅葱恵の話
記憶喪失になった人が居るらしい。最近周りはその話題で持ちきりになった。
なんでも、信号待ちをしていたらそこに車が突っ込んできたらしい。よく生きていたもんだ。
本当かどうかは知らない。例え嘘であろうとも関係無いだろう。世間一般の囁く事こそが本当になるのだから。
俺は興味が無かったので、話しかけてくる知人を無視し机に突っ伏して寝ていた。と、突然教室が静かになった。俺は顔をあげる。
教室の入り口には女の生徒が立っていた。そこそこ可愛らしい顔立ちの少女とも女性とも言えないような位の女。
その生徒は無言で入り口に立ち尽くす。
その生徒の名前は……そう、浅葱恵だった。お世辞にも社交的とは言えない俺でも知っているのだから、皆が知らない筈はない。例の記憶喪失になった生徒。
俺は浅葱の様子がおかしいことに気がついた。昔の浅葱はもっとハキハキしていて委員長的な雰囲気があった。しかし、今はビクビクと周りを見ている。前の浅葱の雰囲気は欠片も感じられない。俺は言うほど浅葱を知っている訳じゃないが、すぐにそれは分かることになった。
浅葱は未だ無言で入り口に立ち尽くしていた。浅葱の友達と思われる人が浅葱に近づく。
「久しぶりじゃん、恵ー!会いたかったよ!」
友達はそう言って勢い良く抱き付く。しかし、浅葱はびくりと体を硬直させた。
「……え、あ、あの…」
浅葱は怯えながらその友達を見る。まるで知らない人にいきなり親しく話しかけられたかの様に。
「ああ、恵記憶喪失なんだっけ?あたしの事覚えてる?」
「……ごめんなさい」
「嘘ー、恵信じらんなーい!あたし達親友でしょ!?」
「……ごめんなさい」
その後も友達は浅葱に色々と話したが、浅葱は何も覚えて居なかった。
「もういいよ」
と友達が怒ったように出て行き浅葱がしょんぼりと俯いているのを俺は頬杖をついて見ていた。

それから何日か過ぎた日。
俺は校舎裏で缶コーヒーをすすっていた。目の前には気絶した人間が何人も転がっている。
「……めんどくせえ」
喧嘩なんて売ってくるから悪いのだ。それとも集団でかかってくれば勝てるとでも思ったのだろうか。だが、曲がりなりにも不良のトップに立っている訳だし、しょうがないと言えばしょうがない。
そんな事を考え残ったコーヒーを飲み干す。
やれやれ、コーヒーが無いと喧嘩の後落ち着けないなんて何処の中毒者だ。コーヒー代も最近馬鹿にならないしな。
「あっ」
突然女の声が聞こえた。
「………」
振り返ると浅葱が居た。手には何故か弁当箱を持っていた。
どうしてこんな所に。
「……あの、ご、ごめんなさい」
「何が」
「邪魔してしまいました…」
「邪魔してるように見えんのかよ」
「…ごめんなさい」
何か妙な奴だ。このやりとりだけで浅葱が妙な奴だという印象を受けた。
「何しに来たんだ」
「何しにって?」
「ここに何か用があったんだろうが」
そう聞くと浅葱ははっとしたように「ごめんなさい」と呟いた。
「あの…友河さんという人を見ませんでしたか?」
「見てねぇ」
そう言うと浅葱は「そうですか…」とがっかりしたように言った。
友河というのは朝会った浅葱の友達だろう。
「友河さんにいつもの場所でお弁当食べようって言われたんですけど、いつもの場所が分かんなくて…。最低ですよね、私」
浅葱は俺の事を生徒とはいえクラスの違う全く知らない他人だと思っているのだろう。だがあいにく俺は同じクラスの奴だ。
「そんな事ねーよ」
「え?」
「お前は記憶喪失なんだから分かんねえのは当然だろ」
おそらくその友河は荒療治のつもりでやったのだろう。だがそんなので治るのなら医者がとっくに治している。
こんな事言うなんて俺らしくない。
「そのいつもの場所に連れてってやるよ」
関わり合いを持とうとすること自体俺らしくない。
「え、いいんですか?お願いします」
知らない他人の事をいとも簡単に信用するなんて。騙されるかもしれないのにな。何で俺がいつもの場所を知ってるのか疑問に思わないのかも疑問だ。
俺は立ち上がって校舎に戻ろうとする。
「あの、この人達いいんですか」
「放っとけ」
「でも」
「行くぞ」
俺は答えを聞かずに歩き始めた。

「私浅葱恵って言うんです。あなたのお名前は何て言うんですか?」
「鬼首戒」
「格好いいお名前ですね」
期待していた訳じゃないが、俺の事も覚えてないようだ。
「ここだ」
俺は階段をのぼりきり、屋上のドアの前に立つ。以前友河と浅葱が屋上に居た事があったから多分ここだろう。
「ありがとうございました」
そう言って浅葱は深々と頭を下げる。そんな事をされても不良の俺は対応に困る。
「じゃあな」
俺はさっさと退散する事にした。

2009/03/03

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あきゅろす。
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