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+キリリク小説+
ブレイキング リミット 前編 (7000hit雀様「人前でいちゃいちゃするアベサカ」)

 朝練が終わった。西浦高校野球部の部員達はグラウンドのベンチ内で、練習着から持ってきた服に着替えるのが日課になっている。
 朝練後のベンチ内にはまだ涼しい風が吹きこんで気持ちいいのだが、今朝のベンチはさわやかな空気とは別の雰囲気をかもしだしていた。


「阿部、えり曲がってる。はいオッケ」
「さんきゅ」
「あ、寝癖も。けっこう髪伸びたね」
「そっかぁ」
 まだ着替え途中の栄口は、シャツを置いて阿部の頭に手をのばし、左側でピンと跳ねている髪を懸命に撫で付ける。
「あ〜だめだぁ。やっぱ水ないと直んないや。戻る前に水道寄って行こ」
「やってくれんの?」
「だって阿部、トイレで自分で直さないでしょ」
「やんねえな。」



 狭いベンチ内では一番奥にいる二人の会話も、嫌でも他の部員達は耳に入ってしまう。
「なんか、なんか、なんかじゃない?」
 微妙な顔をして水谷が隣で着替える泉に訴えた。
「わかる。わかるから、水谷、落ち着け」
 泉も微妙な顔して答えた。
「なんかってなんだよ」
 シャツのボタンをはめながら、花井が怪訝な顔をして二人を見た。
「だから、阿部と栄口がさぁ」
「あの二人がどうしたんだよ」
「だから、なんかさぁ……」
「ピンクのオーラ振りまいてんだよ」
 黙る水谷に代わり泉が答えた。
「はあ?ピンク?」
 花井は顔をひきつらせるも、水谷と泉は顔を見合わせた。
「ピンク、だよな」
「うん、絶対ピンク。あれが無意識なんだから、栄口も阿部もスゴイよね」
「俺は栄口が上半身裸なのがいけないと思う」
「俺も、俺も、そう思う!」
 盛り上がる泉と水谷とは対照的に、つとめて冷静な声で花井が言った。
「いや、着替えの途中なんだかた服脱いでてもいいだろ」
 花井の言葉に、泉は耳を貸せ、と右手の人差し指を立てて前後に動かすサインを出した。花井と水谷は頭を寄せて泉が低い声を出した。
「問題は、栄口が服を着ていないことじゃない。それを見る阿部の目つきだ」
「というと?」
「あの目……ねっとりしすぎだ」
「ねっと――――んんっ!」
「バカ!!聞こえる」
 思いっきり吹き出そうとする水谷の口を、花井が押さえた。
「阿部の目はいつもあんなもんだろ」
「違う。あれは欲求不満の目だ。あんな目で見られるから、栄口の奴までおかしくなってんだよ」
「一昨日ぐらいからだよね。なんか二人が変なの。今日は特にピンクだけど」
「お前らよく見てんなー…」
感心を通り越して半ば呆れ声で花井は言った。
「気付いてんのは俺達だけじゃないぜ。あっち、沖と西広と巣山、見てみろって」
泉に促されて、右端の方にいる沖と西広と巣山を花井は見た。
「ほら、三人とも完全に阿部と栄口に背中向けてるだろ。特に巣山を見ろって」
 花井は言われた通りに巣山を見た。確かに阿部と栄口に背中を向けているが、巣山は他の二人と話しながら練習着をスポーツバックにしまっている様にしか見えない。
「別に普通じゃねぇか」
「いや、違う。顔が固くなってる。ほら、巣山と栄口は1組だろ。この後、栄口と一緒に教室に行くからな」
 そうそう、と水谷が急に思い出した様に言った。
「巣山言ってた。朝練の後、校舎戻って、階段とこで別れんじゃん。あそこから栄口と二人になると、時々だけど、阿部がもの凄い顔で見てくることあるって。たぶん無意識だからしょーがないけどって。巣山気のどくだよ」
「一番の被害者だな、巣山は」
 二人にそう言われると、花井の目にも巣山がこれから十数分後に起こり得るであろうことに覚悟を決めているように見える。
「泉、田島と三橋は?」
 ベンチ内の左端の方で、まだ着替え終わっていない三橋とすっかり支度を終えてしきりに三橋に話しかけている田島を、泉はちらっと見た。
「あいつらは気にしてねえんじゃねぇ。逆に、田島に興味もたれて二人をつっつかれる方がこえー」
「爆弾発言あるからな」
 花井は神妙な顔で頷いた。阿部と栄口に関しては、見て見ぬふりが一番安全なのだ。


「でもさ、なんで欲求不満になんの。毎日会ってんのに」
 水谷の質問に、泉と花井は視線を交わして、仕方なさそうに泉が答えた。
「んなもん……やることやってねーからに決まってんじゃん」
「やることって…………あ……」
「つまり、そのピンクのオーラってのは、禁断症状みたいなもんだろ」
「そっか」
「だな」
 まとめてはみたものの、当人達の問題なので外野でどうのこうのできるわけではない。そろそろ支度を急ぐように言ってみっか、と花井が思った所に、泉がそうなんだけどさ、と話を続けた。
「花井と水谷で、阿部にどんくらいやってねえのか聞いてくんない?」
 突拍子もない泉の頼みに、花井と水谷は一瞬反応が遅れた。
「なっ……!」
「バッ……!」
 声を上げようとする二人を、泉は口の前に人差し指を持ってきて、それを制した。
「同じクラスなんだから、できるだろ」
「あのな……阿部だぞ」
 今度は声をひそめて花井は言った。水谷は花井の横で、ムリ、絶対ムリと首を振っている。
「わかるけど。でも、あいつらの事情に振り回されんのも面倒クセーし。最近、大会あって練習もハードだったから暇がなかったからだと思うけど。でも、どんくらいのスタンスでああなんのか、心構え的に知っておきたいだろ」
「けど……」
「わかったら、これからはそうなる前に巣山からそれとなく栄口に言ってもらうのもありだぜ」
 確かにその手もある、と花井も思う。
「昼休みに弁当食いながら、それとなく、だな。二人でタイミング合わせればいけるって」
 簡単に泉は言うが、実際はかなりの至難の技だ。頭の中でイメトレしても失敗で終わるイメージしかでてこない。
「じゃあさ、泉も今日の昼7組で食べてよ」
 水谷の提案に泉は首を振った。
「俺がいたら不自然で阿部が警戒するだろ」
 えー、と水谷は小さく不満の声を上げた。
花井は肩越しに後ろを向いた。
 阿部も栄口も着替えは済ませていた。が、なぜか阿部は栄口の頭を撫でていた。
「こんだけ短いと、猫っ毛でも寝癖つかねーよな」
「楽チンだよ」
「猿頭なのに猿よりいい毛並みだな」
「なんだよ、毛並みって……」
「毛だろ、これだって」
「まあ、そうだけど」
話してる間、阿部の手はずっと栄口の頭にあった。栄口も嫌がるそぶりはなく、されるがままになっている。
 阿部は花井が見たことない優しい顔をしていて、その目は栄口しか見えていなかった。


 これは重症だ。二人が付き合っているのはもはや野球部公認のことだけど。これは、なんていうか、ちょっと胃に悪い。
 顔を見ただけで全てを察したのか、泉が花井の肩を叩いた。
「つーわけで、頼んだぜキャプテン」
「おう」
「ヘマすんなよ、水谷」
「…………お、おう」







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あきゅろす。
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