もてあました恋のカケラ 12 フロントガラスが割れて、粉々に散っている。 俺たちの乗ったタクシーは、前からワゴン車に突っ込まれていた。ワゴン車は、まだ、アクセルを鳴らし続けている。 咄嗟に腕の中に抱え込んだナオは、怯えて背中を硬く縮めている。怪我はない。 運転手はハンドルに頭をうずめて衝撃から身を守っていた。まるで、突っ込まれるのを予期していたかのように。 その顔をあげ、こちらに向く。 「拓真さん、悪いっす」 見覚えのある顔だった。龍児兄の手下だ。 どういうことだ。 窓の外に、カモメの姿が見えた。車は、成田までの道のりを外れて、どこかの埠頭についている。 「おやっさんは、約束を果たすが、龍児兄は、違うって、あんたもよく知ってるでしょうが」 なるほど。天童組を出るときに、タクシーを呼んだのは、龍児兄だ。息のかかったタクシーを呼びつけ、運転手に手下を忍び込ませていたのか。 龍児兄は、俺を許さないのだ。 ワゴン車から、数人の男が降りてくる。 運転席の男はニヤニヤとした顔を、直に向けてくる。 「ずいぶん、その子に想われちまっているようですね。あんたがたぶらかすのが得意なのは、女ばかりじゃなかったんですね」 ナオの言葉を聞いていたらしい。下種な男だ。 拳銃は、天童の所に置いてきている。まさか空港には持ち込めない。処分してきたつもりが、仇になったかもしれない。 俺は、革ベルトを腰から抜いていた。 「それにしても、その子、えらく色気がありますねえ。兄貴が手を出すのもわからないでもねえ……」 ナオを見ながら、上ずった声を出す男は、俺の手の動きに気づきもしない。 「このかわいらしい顔で、好きだの言われたら、絶対に手放せませんねィ。一緒に死ねるから良かったッスね……」 運転席の男は、最後まで喋ることができなかった。 ベルトを男の背後から首に巻きつけ、ぐいと力を込めると、男の首から、鈍い音がした。 男は、だらしなく項垂れる。 ナオは、すぐに手を伸ばし、死体となった男の腰に手を伸ばしたかと思うと、拳銃を抜き取った。 俺は、靴底からナイフを取り出した。 「行けるか?」 俺の問いに、ナオは頷いた。 車は、既に数人の男に囲まれている。 一人の男が、ドアに近づいたとき、俺は、勢いよく、ドアを蹴り開けた。 ドアごと、男が後ろにすっ飛ぶ。 ドアの開いた隙間から、ナオが別の男に向けて、拳銃を放った。 銃声に、男たちの勢いが一瞬止まった。その隙に、俺とナオは、車体から転がり出て、車の背後に移動した。 拳銃を奪ったせいで、むやみに、襲いかかってこないだろう。 車体に背中を預け、二人して並んで座る。 俺は、ナオの手に、自分の手を重ねた。 どうして、こんな細っこい手をしているんだ? こんなときに、そんなことに気づく自分がおかしい。今まで、何度も握りしめてきたはずなのに。 「ナオ。逃げろ。あいつらから。……そして、俺から」 ナオは、目を見開くと、首を横に振った。 「どうして?僕はトモのものだよ?一緒に逃げよ?」 笑んだままの口元。 その唇に、キスしたくなった。 不意に暗くなり、ナオの後ろに、大きな影が現れる。 俺は、現れ出た巨漢の頸動脈に、ナイフを突き立てた。引き抜きざまに、男の服にナイフを擦り付け、血糊を拭く。同時に、トンと突いて、後ろに押し倒す。 噴き出た鮮血を、俺は浴びることがなかったが、ナオには降りかかってしまった。二人分を守るのに、まだ、慣れていない。 「悪いな。次はお前の服も汚さないから」 俺の左手のひらには、いつの間にか、巨漢から奪った拳銃が納まっている。 ナオはおかしそうにクスクスと笑っている。 「トモは、ヤクザではないんだね。殺し屋なの?それとも、どこかの国の工作員なの?」 振り向きざまに、新たに現れた影に、銃弾を撃ち込んだ。 「ただのチンピラだよ」 現る影にナイフを投げ刺して、背後の影を撃ち落とす。 「ちょっと手の早いチンピラだね」 ナオは、愉快でたまらないように、笑っている。 「悪くはないだろ」 ああ、これくらいの相手なら、すぐに片が付きそうだ。 片が付いたら、香港なんかやめて、二人で、南の島にでも行ってしまおうか。 どうして、こいつと一緒なら、殺し合いも楽しくなるんだろう。 俺は、まるでゲームを楽しむように、次から次へと現れる影を、撃ち落とした。 しかし、ゲームには、終わりがあるものだ。 「……ッ」 胸に、熱い衝撃を受ける。 内臓にまで、衝撃は達した。 穴が開いた革ジャンに、煙硝の匂いを嗅ぐ。 「トモッ」 ナオの叫びを聞きながら、俺は、後ろに倒れこんでいた。 視界の隅に、龍児兄の苦虫をかみつぶしたような顔が見えていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |