もてあました恋のカケラ 1 カーテンが空調に揺れている。 ここは、隠れ家。 誰の? 月の青い光が、室内に差し込んでいる。 カーテンが揺れる。 青い光が揺れる。 揺れて、波になる。 僕は、波間に漂う。 ここは、ホテルの一室。彼の部屋。そして、僕が一人ぼっちで住む部屋。 僕は待ってる。テレビ見て、本読んで、メイドさんからかって、ときどき廊下の外に出て、そして、空を見て。そして。 彼を待ってる。 彼が僕を満たしにくるのを待ってる。 夜更け、彼は、2日ぶりに、やってきた。 青白い顔で、スーツは、雨にぐっしょり濡れている。 部屋に入った途端に、びしょぬれのまま、僕を抱きすくめてきた。僕のTシャツまで濡れて、衣服越しに、彼の肌の冷たさを感じ取る。硬い筋肉が、強張っている。 帰ってきたんだね。僕のところへ。 抱きしめてあげる。 強張っているのは、弱っているから……。 上着を脱がせて、僕は、小さな悲鳴を上げた。 シャツが、真っ赤に染まっている。シャツの左上腕には、無造作に布が巻かれているが、その布も、真っ赤に染まっていた。絨毯に取り落としたダークスーツの上着も、よく見れば、雨のためだけではなく濡れていた。 「き、救急車……」 「大丈夫だ。血は止まってる」 彼は、そう言うと、もう一度、僕を抱きすくめてくる。余裕もなく性急に唇を重ねてくるのが、怖くてたまらない。 怖くて、身動きできない僕の目の前で、彼は、シャツを脱いだ。シャツを割いた布で、傷口を縛る。 ただ、そうしただけで、彼は、何事もないように、僕にキスの続きを与えてきた。冷たいままの肌に、僕の熱が伝わる。 強張った筋肉が、解けていく。 キスが、彼を温めるのなら、僕の熱を全部あげる。 僕は、必死で、容赦ないキスについていく。激しいキスを、体全体で受け止める。どうなろうと構わない、このキスと引き換えに何を失ってもかまわない。 きみは、今、僕を欲している。欲しているのなら、何でもあげる。全部をあげても構いはしない。 やがて、温まった彼は、僕を軽々と抱え、ベッドに投げ出した。 錆びた血の匂いの立ち込める中、彼は激しく僕を責め立ててきた。僕は、彼が一人でどこかに行ってしまわないように、抱きしめてついていくのが精いっぱいだった。 朝起きると、彼は、パソコンに向かっていた。 冷たい表情で、画面に向かっている。裸の上半身、左腕にきれいに巻かれた白い包帯が、目に痛いほど鮮やかだった。 どうして? どうして、あんな怪我を? どうして、平気な顔のままで僕を抱いてきたの? どうして、そんな何もなかった顔つきで手当を済ませているの? 怪我にも、手当にも、慣れている。 彼は何者なのか。 その正体の不明さに、束の間、目の前にいるのが、誰なのか、わからなくなる。 そういえば、僕は、彼の名前すら知らない。 [次へ#] [戻る] |