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存在と無存在のハザマ
A foolish love
――ヒデだって、少しは僕のこと好きなんだろ?

素っ気なく背中を向けた彼に、口から出そうになる科白を飲み込んだ。

「もう遅い。お前も、早く、部屋に戻って寝ろ」

はああ、冷たいなあ。もう少し、いさせてくれてもいいのに。

彼の髪に手を伸ばしかけて、引っ込める。

いじわるな気持ちになって、呟いた。

どうせ、朝からずっと、言おうと思っていたことだ。

「あのさ、僕、バイト先の先輩と付き合うことになった」

しばらく待ってみたものの、返事もなければ、リアクションもない。

「ユキさんって言うんだ」

少し、大きな声で言ってみる。

秀麿は、面倒くさそうに、答えた。

「……あー?よかったな……」

突き放したような言い方が、ズキッと、胸に響いてくる。

嫉妬を求めたわけではないけれど。

僕と秀麿との関係が何なのか、またもや見失い、不安に迷い込む。

好きならば、それだけでいいのに。愛するだけでいいのに。それをわかってはいるけれど。

嘘でもいいから、好きだと囁いてみてほしい……。

彼が寝息を立て始めたのを確認して、そっと、髪に触れてみた。

もう部屋に戻らなきゃ。

しかし、彼のそばから、どうしようもなく離れがたかった。





翌朝、目が覚めると、秀麿が、枕に肘をついて、僕を見下ろしていた。

うわおッ。

飛び起きる。

「あ、ご、ごめん。い、今すぐ出ていく」

だが、秀麿は、彼のベッドに泊り込んだことなど、言及しないで、僕の頬に、そっと手を伸ばしてきた。

「な、何?」

カーテン越しに朝日が差し込んでいる。夜のうちにやんだ雨の滴のきらめきが、窓辺にまばゆい。

影になった彼の顔をよく見ると、せつなげに翳っていた。初めて見る彼の表情だった。

「彼女に幸せにしてもらえ」

あ、え?

あ、これ、もしかして……。

僕がユキさんと付き合う話、ちゃんと聞いてたんだ……。

それで、こんな顔をしてくれている?

急に、嬉しさがこみ上げてくる。

僕に嫉妬してくれている?

が、次の言葉が、僕の嬉しさを叩きのめした。

「俺にも、婚約者がいる」

嬉しさが急に恐ろしいような絶望に変わる。

彼は、絶対に僕のものにはならない……。なるつもりもない……。

僕たちの関係は何なのだろうか。

今まで、思いもしなかったことだが、秀麿には、婚約者とか、いいなずけとか、フィアンセとか、そういう存在があるのが当然のような気がしてきた。

僕と違って、決められた生き方のようなものがあるのかもしれない。

だが、そうだとしても、彼は、意に沿わぬ道を歩む人ではないから、おそらく、彼自身が納得している婚約者だ。

「ど、どんな人……?きれいな人なんだろ?」

秀麿の婚約者なら、家柄もよくきれいで上品な人に違いない。

「まあな」

やっぱり、会ったことがあるんだ……。一生の伴侶として、申し分のない人なんだろうな……。

秀麿なら、きちんと、その人を愛していくだろう。

拭いようのない嫉妬にきりきりと心を苛まれながらも、しかし、それでも、僕の中のまっすぐに彼に向かう気持ちは、消えようもなく燃え続けていることを感じ取る。

消えない。

どんな結末を迎えようと、この想いは、消えない。

彼が誰のものになってしまおうと、どこに消えようと、どれだけ離れようと、彼が好きなだけだ。

諦めにも覚悟にも似た気持ちが、心の奥底に確かにある。それを、またもや、確認するだけだ。

「僕、ヒデが好きだ。ヒデが結婚しても、オッサンになっても、好きだ。僕は、ヒデが世界で一番好きだ。ハゲっても、デブっても、好きだ」

秀麿は、僕の顔をずっと、見つめている。

「……ハゲっても?」

「うん、バーコードになっても、好きだ。腹が出ても、加齢臭がしても、それでも、ずっと、ヒデが好きだから」

秀麿は、驚いたような目を向け、そして、俯いた。

肩が小刻みに震えている。

……泣いているのかな?

そう思って、覗き込むと、秀麿の喉の奥から笑い声が洩れてきた。

「バーコードはありえねーし。つうか、敏、昨日から、勘違いしてるだろ。四月一日は、今日だ」

目の前で、秀麿は、おかしくてたまらないかのように、声を立てて笑い始めた。

ベッドスプリングに笑いの振動が伝わる。

え?

「だから、エイプリルフールは今日だ」

え、え、え?

今日がエイプリルフールなの?

昨日じゃなかったのォォォ?

3月は、31日までだったっけ……。

「じゃ、じゃあ、こ、こ、婚約者は?」

「いねーよ」

全部、嘘なの?

じゃあ、さっきのせつなそうな顔は?

「あ、あ。ぼ、ぼ、僕も、ユキさんは、ただのバイト仲間だから。う、嘘だから」

「あー、わかってる。俺が、騙されるわけねーだろ?」

面倒くさそうな言い方だが、唇の端が笑んでいる。

頭が混乱してくる。

「で、でも、ハゲても、好きなのは、嘘じゃないから。本当だから。ヒデがずっと好きだから」

「あー、うるせー」

起き上ろうとした秀麿の背中にしがみつく。

いろんな気持ちがないまぜになって、涙が出てきて収拾つかなくなってしまう。

「ヒデ、僕、ヒデが好きだから。死んでも好きだから」

僕を振り払って、立ち上がろうとした秀麿は、仕方なさそうにため息をついて、また、座り込んだ。

「ヒデのことがずっと好きだから」

情けないことに、涙声になっている。

ベッドに腰掛けた秀麿は、振り返った。

僕の視線をすくい上げるような目で、見つめ返す。

「……俺もだ」

いつもの無表情。その奥に、とうとうと流れているはずの、深い感情。

僕は、意味を理解して、飛び上がりそうになった。

「や、や、やっぱり、ヒデも僕のことが好きなんだろ?」

秀麿の言葉に一喜一憂してしまう僕は、本当に馬鹿だ。四月馬鹿ならぬ、毎日馬鹿だ。

「まあな。ま、今日は、嘘が許される日だからな」

「ぼ、ぼ、僕も、好きだよ。あ、あ、これは、嘘じゃないから。エイプリルフールじゃなくても、明日も明後日も、毎日毎日、好きだから」

「あー、うざい」

しがみつこうとする僕の手を、煩そうに振り払うくせに、僕に向き直ると、手首を握りこんできた。ベッドに押し倒してくると、その顔が近づいてきた。

好きだ……。

本当も嘘も、超えて。

生も死も、超えて。

一瞬も永遠も、超えて。

ただ、馬鹿みたいに、好きだ――



































20100314

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あきゅろす。
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