存在と無存在のハザマ
かわいい人
早く部屋から出ていかないと、秀麿が、起きてしまう。
秀麿のベッドの上で、僕は非常に困った事態に陥っていた。
昨晩は、彼がいつの間にか眠ってしまったのをいいことに、僕は彼のベッドに泊まり込んだ。
秀麿は、遠慮なく僕の部屋に泊まっていくくせに、自分は絶対に僕を泊めてはくれない。自分が眠くなってくると、「寝るから、早く出てけ」と、いつも冷たく部屋から追い出されてしまう。
だから、目が覚めて僕がここにいるのを知ったら、怒り出すかもしれない。
幸い、秀麿より先に目が覚めた。寝ている間に、部屋から退散しなくては。
だが、困ったことに、僕の腕は、彼の枕になっている。寝ている間に、彼を抱きしめてしまったのか。
どうしよう……。
腕枕を抜くと、起きてしまいそうだ。
ぐっすり眠っているので、そっと引き抜けば大丈夫かもしれない。
しかし、すぐそばに触れ合う、秀麿の温もりが心地よくて、離れる気が起きない。それだけじゃない。秀麿の寝顔に見とれてしまい、身動きすらできなくなっている。固唾をのんで、秀麿を見つめるしかない。
まっすぐ伸びた眉、長い睫毛、男っぽさが匂い立つ首筋。
ずっと、その寝顔を見ていたい。
サラサラしたその髪の毛をすくい上げてキスしたい。やわらかそうな耳たぶにそっとかじりつきたい。いっそのこと、彼を全部、食べてしまえたらいいのに。瓶に閉じ込めて僕だけのものにしてしまえたらいいのに。
秀麿の肌の表面は、僕よりもひんやりしているのに、肩にかかる息は熱い。体の奥の部分の体温が高いのだろう。
だから、彼のキスは、いつも熱いのか……。
妙なことに納得してしまう。
ああ、本当に、僕は、馬鹿だな。こんなに好きになってしまうなんて……。
「ん……」
秀麿は、少し体の向きを変えた。頬に当たる彼の頭髪が、くすぐったい。
涙が出そうになる。好きすぎて流れる涙は何て呼ぶのだろう……。
もうすぐ、アラームが鳴る。早く、部屋に戻らないと、秀麿の目が覚める。
僕は、腕をそっと引いてみた。
起きないでくれよ。
しかし、秀麿の目がうっすら開く。
秀麿は、ぱっと、僕の顔を捉え、目線だけで、さっと室内を見回す。
「……お、おはよう。ご、ごめん、今、出ていく」
「ん……。つーか……」
寝ぼけているのか、言葉を途切れさせたまま、黙りこむ。
口の中で何かゴニョゴニョと呟いたかと思うと、急に、僕の胸に頭を埋めてきた。
寝ぼけてる……。何だか幼い子どもみたいだ。
かわいいなあ……。
腕枕から解放され、やっと自由になった腕で、彼の背中をそっと抱きしめる。
いつだったか、秀麿が僕に、飼い犬のシロみたいだと、と言ったことを、思い出した。かわいい奴だったと。
僕もまた、彼に対し、甘い愛しさを覚え、それを短く表現するならば、かわいい、という言葉になってしまうことに気づく。
好きだ、愛しい。愛しくて、かわいい。
その想いは、友だちで、恋人で、家族で……。いろんな好き、に通じる想い。
かわいい、と言われたあの日、怒っちゃって、悪かったな。でも、やっぱ、シロはありえないよな……。
――やっぱり、ヒデも僕のことが好きなんだろ?
そんなことを口に出すと、怒りだすだろう。
だから、黙ったまま、秀麿をそっと胸に抱きしめる。
秀麿は再び寝息を立て始める。
柔らかい朝の光のなか、彼の温もりを味わう。
愛しくてかわいい人の眠りを息を潜めて見守りながら、その温もりを抱きしめていた。
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