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存在と無存在のハザマ
帰り道 
「あれ、見て。ジュリ高の彼、また、来てる」

大学生のユキさんが、他のバイトの女の子に耳打ちするのが聞こえた。

駅前のカフェが、僕のバイト先の一つである。秀麿は、学校の帰りに、時々客として現れる。といっても、今日でほんの数回目だが、バイトの女の子の間では、よほど、印象深いらしい。

僕は、秀麿が入ってきたときから、すぐに彼に気づく。

秀麿は、素早くカウンターの中を探して、既に彼に釘付けになっている僕と、束の間、目を合わせてくる。嬉しさが込み上げる僕の視線を一瞬掴みあげると、素っ気なく、店の奥に入っていく。そして、隅の席で、読書を始める。いつもそうだ。
 
その目立つ容姿で、周囲の視線を集めながらも、くつろいで静かに読書している。僕の胸に、彼の姿があるだけで、安心感が広がっている。

「今日は、私服よぉ。いいガタイ、誇示しちゃってる」

女子がひそひそ喋っている。

秀麿は誇示なんかしてない。制服では、筋肉が目立たないだけだ。私服でも、かなり着やせして見える。

脱いだら、ヒデの体はもっとすごく……。

そこまで考えて、僕は、顔が赤くなるのに気づいた。バイト中になんつーことを、考えてんだ、僕は。

「いつも、ああやって、時間潰してるけど、誰か待ってるのかな」

「やだ、あんな人に待たれる人って、羨ましすぎ」

ホント、ヒデは、もてる。

僕の秀麿への視線に気づいたのか、ユキさんは、肘を小突いてきた。

「んー?さては、坊上くんの友だち?あんた、もうすぐ上がりでしょ?それに、似てるもん雰囲気が」

うわ、そうなの?

雰囲気が似てるなんて、僕、かなり、ヒデに浸食されてるな。

かなり嬉しい気持ちが胸に広がる。

それは、友だちに見えるってことだよな。対等な関係に見えるって、ことだよな。

ヒデの友だちとして、ふさわしいってことだよな。

「私を振ったんだから、彼を紹介してよ」

ユキさんは、微笑みながら睨んでくる。

「別に振ってなんか」

一度、映画に誘われたことがあったが、ヒデと過ごしたかったから、断った。ただ、それだけなのに、どうして、そうなるんだろうな、女の子は、ホント、わからない。

「あいつ、来月、渡米するから」

えー、と、バイトの女の子たちが残念そうな声を、小さく上げる。

「じゃあ、坊上くんが、私と付き合ってよね」

ユキさんは、何げにそう言った。

げッ。

これ、告白?

僕が告白されてるの?

こんなの、初めてだ。だけど、そんなに驚かなかった。

以前の僕は、告白を受けた経験は皆無だったが、もし、受けたとしても、即座に逃げ出しただろう。それくらい、人が怖かったし、自信もなかった。でも、今は、人に好意を受けるのも悪意を受けるのも、あまり怖いとも思わない。ただ、好意を受けると普通に嬉しくて、悪意には普通にヤだな、と思う程度だ。

僕がこれだけ変わったのも、全部、ヒデのお陰だ。

ヒデ。早く、ヒデを抱きしめたいな。

秀麿のせいで、僕は、そんなことをバイト中に考えてしまうのだから、秀麿も、罪な男だ。

こんなに近くにいて、こんなに好きなのに、触れられないなんて、酷だ。

僕を苦しめるために、わざわざバイト先に現れるのだとすれば、ヒデは、本当に、意地悪だが、単に僕を待ってくれているのだから、心の底から嬉しい。

「ユキさんは、僕なんかに、勿体ないです」

「あ、断ったな」

ユキさんも、本気じゃないのに、そう言ってみせる。互いに、そこそこ、大人なんだ。




「バイト先の女の子が、ヒデに注目してたよ。ヒデ、格好がいいから」

バイトを終えて、秀麿と家に向かう道すがら、暗くなった住宅街には、夕飯の支度の匂いが、どこからともなく漂ってくる。

こんな風に、心許した人と一緒に、帰り道につけるのは、とても幸福感を伴うことだと、秀麿が教えてくれる。僕には、こんな風に帰り道を一緒に過ごしてくれた人などいなかった。帰り道は寂しいものだと決まっていた。

好きな人と一緒に帰る、帰り道は温かい。

「人は外見じゃないだろ」

秀麿は、前をまっすぐ向いて、歩いている。彼と一緒に歩けるのは、あと何回くらいだろう。そして、また、いつか、こんな風に彼と一緒に歩ける日がくるだろうか。

今のこの瞬間を、とても、貴重な瞬間なのだと胸にかみしめる。 

「でも、ヒデだって、洋服の好みがあるだろ」

「自分が何者であるか外見に示すことは大事だが、外見で他人を判断することは無意味だ。それに俺は、外見で人を好きになったことは一度もない。お前のこともだ」

秀麿は、僕に顔を向けた。

「え? もう一回言って」

「外見で他人を判断するのは、無意味だ、と、言ったんだ」

「あ、そのあと」

「俺が、外見で人を好きになったことはない。本当だ。信じねーのか」

「その続き」

「はァ? 何が言いたい」

「いや、その」

秀麿は、重大なこと言ったよね。僕のことも、外見で好きになったわけじゃない、つまり、僕が好きだ、とういうこと、なんだよね?

「何で、笑ってんだ?」

「何でもないよ」

僕は、秀麿の手を取った。

「ばッやめろよ」

「いいよ、誰も見てないよ。見ても、友だち同士にしか見えないよ。だから、大丈夫だよ」

秀麿は、嫌そうにしながらも、僕の手を振りほどかなかった。

「ヒデ、好きだ」

秀麿は、ちゃんと僕の手を握ってくれている。

「知ってる」

「あ、外見じゃないよ。僕、ヒデの中身が好きだから」

「あー、うざい、知ってる」

「帰ったら、すぐに、部屋に行っていい?」

「あー、もうわかった。晩飯済んだらな」

そのとき、僕にとって、ヒデは、友だちで、恋人で、そして、家族だったのかもしれない。

そうでなければ、あんな温かい帰り道を過ごせるはずがない。

これから先、どれだけ寂しい帰り道があったとしても、この帰り道の思い出が、きっと癒してくれる。

まだ風は、肌寒かったけど、帰り道は、とても、温かかった。

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