存在と無存在のハザマ
キスの辱め
本を読んでいる秀麿の唇が薄く笑っている。珍しい。
かなり集中してる。
悪戯したい気になって、横から唇を近づけてみる。
彼は、びくっとして、素早く立てた人差指で僕の唇を封じた。あと、数センチのところで。
秀麿は、片手で僕からのキスを封じ、残りの手で本を持ったまま、まだ読書を続けている。
指一本で止められたキス。どうして、こんな技ができるんだろう。ホントに器用な男だ。
彼は、僕に、面倒臭そうな表情をちらりと向けて、封じた指を外す代わりに、軽くキスを与えてくる。唇は離れた直後に、意識は本に戻っている。
「ヒデも、キスされるの、恥ずかしいんだろ」
「……わかった」
彼は、また、触れるだけのキスを与えてくる。僕の話を聞いても、いない。
好かれているのか、そうでもないのか。
「後でもっとしてやる」
いや、そうじゃなくてさ。
てゆか、これ、何の本?
「不確定性原理?何でこんな本で笑ってるの?」
彼は、黙って無視している。
ホント、わからない。
「ヒデって絶対、普通の高校生じゃないよね」
「るせーな。これ、俺が読み終わったら、お前が読め」
「げッ」
「笑えるところがわかるから。わかったな」
がっくりする僕は、隣で、再び本を開く。彼に命じられて、まだ、読めてない本がたくさんある。
「ほら」
秀麿は、しばらくして、趣味の悪い本を渡してきた。いやな宿題だ。題名すら意味不明だ。
「ほら」
と、今度は僕の顔を引き寄せる。
彼は、当然のように僕の顎を引きあげて、ゆっくりとキスを与えてくる。丁寧に優しく僕の唇を舐めとると、唇の割れ間に舌を這わせ、そっと差し入れる。
どうして、秀麿のキスは、僕の力を奪うんだろ。
もう、視界は、涙で滲んでいる。
慣らされた舌使いに、意思にかかわらず、体が反応してしまう。背中に甘い痺れが走り、肩がぴくっと震える。
それが合図とばかりに、彼は、柔らかくなった僕の唇の更に奥に侵入してくる。
僕は、高まってくる墜落感が怖くなって、後ろに逃れようとするが、彼は、しっかり抱え込んで離さない。そうやって、拘束されるほど、僕は、もっと、墜落していく。彼は、一部の隙間もなく僕を捉えて離さない。
いつもそうだ。秀麿は、逃げ場のないキスを与えてくる。彼のキスには、まったく、逃げ場がない。僕は、他のキスを知らないが、たまには、余裕のあるキスもしてみたい。
「んんっ、ちょ、ま……」
彼の拘束からわずかに逃れた唇の隙間から、声を出す。
「んッ……、違う。キスが欲しいんじゃなくて……」
拘束は、やっと、緩んだ。
僕は、もう、肩で息をしている。濡れた唇を、手の甲で拭こうとしたら、両手を彼に掴まれた。
「そのままでいい。すごくエロい。それで言ってみな」
……言えるかァァァ。
まったく、人のことなんだと思ってるんだ。
「何がしたいって?」
涎が垂れたままだ。顎にゆっくりと垂れていく液体を感じて俯く。
秀麿の細めた目を避けて、僕が俯き加減になると、彼は、僕の両手を右手でまとめて掴みこんできた。
僕の両手首を片手で、掴めるなんて、ホント、腹立つ。
そして、もう片方の手で、僕の顎を持ち上げる。
秀麿の薄くなった目が、いやな笑みを浮かべている。
「ホント、お前、キスされるの好きだな。キスだけで、すげえエロい顔」
すっごく、意地悪だ、ホント。顔を下げたくても、彼にしっかり抑え込まれていて、目をそらすのが精一杯だ。
僕の言いたいこと、ホントに、全然わかっていないの?それとも、わかっていないふりしてるだけなの?
「で、何がしたいって?言ってみろ」
僕の顎を掴んだまま、促す。
僕は、両手を繋がれ、顎を絞首台に押し込められた罪人だ。
キスだけで、こんなに辱めるなんて。
「ほら」
「……だから……」
涎で滑った自分の唇は、喋りにくい。涎を垂らしたまま喋らされるなんて、ホント、悪魔だ。
そんな姿の僕を楽しむなんて。
「だから?」
「……キスされるんじゃなくて、キスしたい」
彼は、唇の端で笑う。
「ホント、お前、キス好きだな。わかってるよ。欲しいものやるよ」
彼は、顎を寄せる。そして、遠慮なく、口内を蹂躙してきた。逃げ場のないキスの続きを与える。
僕は、逃げ場をなくして、それを受け入れるしかなかった。それどころか、もっと、求めてしまって、しようがなくならされている。
「んッ……」
躯体が蕩けそうになって、彼にしがみつくしかなくなっている。
あー、もー、ヒデは、どうして、こんなに意地悪なんだろ。
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