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甘いのはチョコだけじゃない
フレンは次々と届けられた貴族令嬢や評議会の娘からの贈り物の山を見て、溜め息をつく。

今日はバレンタインデー。女性が想いを寄せる男性にチョコを渡し、想いを伝える日。今では友達同士やお世話になっている人へお菓子等をプレゼントするのもブームになっている。

それにしても、この量は無い。今までにもいくつかチョコを貰った事はあるが、騎士団長になり、その量は何倍にも増えていた。
本来なら嬉しいものだろう(例え、そこに下心や打算があってもだ)。しかし、フレンは素直に喜べない。

(これがユーリからのなら、すっごく嬉しいんだけど…)

送り主達に失礼だが、元々フレンはユーリしか見ていない。そして、本当に欲しい人から貰えないと意味が無いのも、また事実だ。
フレンはプレゼントの山を見つつ、二度目の溜め息をついた。

「でっけー溜め息」

「ユーリ?!」

貴族のお嬢様が見たら泣くなーと、ちゃかしながらユーリは慣れたように窓から入る。
フレンは、今まさに想っていた人物が現れて、驚きの表情を隠せないでいた。

「相変わらずモテモテ…っつーか、いつもよりスゲーな…」

フレンがモテるのも毎年大量のチョコを貰っているのも知っているが、この山積み様はユーリも初めてだった。
凝りに凝った高級そうな包装も、お嬢様方のアピールなのだろう。まるでそこだけが異空間のようだ。

「カード類さえ置いておいてくれたら、中身は好きにしてもいいよ」

一応お返しはしないといけないからと、こんなところでも生真面目さを見せるフレンに、ユーリは苦笑する。

「これ全部にお返しするつもりかよ」

「送り主がわかるものはね」

「ま、付き合いもあるわな」

「そういう事」

先程まで大量のプレゼントを目の前にして憂鬱な気分だったが、ユーリと話をしている内に浮上してきたようだ。フレンは自然と笑顔になる。
そんなフレンを見て、ユーリはおもむろに大きな袋を差し出した。
フレンは訳もわからず受け取る。なかなかの重さだ。

「これは?」

「ダングレストの酒場のねーちゃんや他のギルドとかから頼まれた分。後こっちはエステルとリタとジュディスとパティからな」

「わわっ!」

ぽんぽんと渡されるチョコをフレンは落とさないように受け取る。

「ま、また増えた…」

「まだ増えっかもなー」

今日はまだ下町に寄っていない。寄れば確実に「フレンに渡してくれ」と、頼まれるのは目に見えている。さすがにそんな大荷物を持って侵入はしにくいので、とりあえず下町は後回しにしてきたのだ。
正面から入るという選択肢は最初から無い。

「うわ…こんなにいっぱい…」

袋いっぱいのプレゼントに、フレンは更に息を吐く。しかし、それは先程のお嬢様方からのプレゼントの山を見た時とは明らかに違った。
フレンは元々下町育ちだし、あの豪華な包装よりもシンプルな包装の方が親しみが持てるのだろう。
そこに安堵が含まれていることを、ユーリは見逃さなかった。

「あ、酒場のねーちゃん達から伝言。ダングレストに来た時はまた寄ってねハート、だとよ」

「ぶふっ…今度お礼も兼ねて行かせてもらうよ」

ユーリの声真似棒読みがツボに入ったのか、フレンは肩を震わせながら返事をした。
そしてプレゼントをテーブルに置き(もちろん、お嬢様方の物とは別にして)、クローゼットの中から小さな紙袋を取り出す。

「はい、これは僕から」

「サンキュー♪」

まさか今日来てくれるとは思わなかったが、ちゃんと用意しておいてよかったと、フレンは嬉しそうなユーリの顔を見て思った。ユーリは単に甘いものが貰えて嬉しいだけなのだろうが。
基本、ユーリはこういった行事にあまり関心が無い。バレンタインもクリスマスも、ユーリにとってはチョコやケーキが食べられる日、としか認識されていないのであろう。
その事にフレンは少しガッカリしていた。
やはり恋人からチョコを貰うというのは、特別なことだと思っているからだ。
そんなフレンを見て、ユーリはちょっと視線を彷徨わせ、ぽつりとこぼした。

「…やっぱさ、チョコ欲しいか?」

「えっ!そりゃ、まぁ…」

いきなり心を見透かされたように声を掛けられ、フレンはつい上擦った声を出してしまう。おそらく顔に出ていたのだろう。否定しても仕方が無いので、正直に肯定しておく。
するとユーリは「しょうがねぇなぁ…」と、いきなり窓から外へと飛び降りた。

「なっ?!ちょっユーリ?!」

突拍子も無い行動に、フレンは窓に駆け寄る。
下からユーリが叫んだ。

「厨房使う許可、取っといてくれよ!」

何か作ってやるからさ!と言うや否や、ユーリは素早くフレンの視界から消えてしまった。
フレンは呆然としていたが、すぐに我に返り、いそいそと厨房へと駆け出して行った。

そこからフレンは、ずっとそわそわしっ放しだった。少なくとも、ユーリが材料を買って戻ってきた時には、見えないはずの尻尾がブンブンと振られているような幻覚さえ見えた程だ。
とりあえず「完成するまでは仕事をしてろ」と、下町で頼まれたチョコの配達分をフレンに渡しながら釘を刺し、ユーリは軽く笑みをこぼしながら厨房へと急いだのだった。








「待たせたな」

ユーリは出来立てのガトーショコラと紅茶を手にフレンの部屋へと戻った。既にフレンは本日分の仕事を終えており、ソファーに行儀良く座って待っていた。お前は忠犬かと言いたくなったユーリだが、そこまで楽しみに待っていてくれたというのは悪い気がしない。
ユーリがガトーショコラと紅茶を置くと、フレンは感嘆の声を上げた。

「わぁ!美味しそう!」

「当たり前だろ、自信作だぜ」

フレンの事を、フレンの事だけを想って作ったのだ。美味しく出来てない訳がない。
ユーリが切り分けると、フレンは最高の笑顔で食べ始めた。

「ん〜、美味しい♪」

まるで子どもの様にはしゃぐフレンを見て、ユーリも嬉しくなる。
こんな風にはしゃぐ騎士団長など、誰も想像しないだろう。それが自分だけに見せられてる姿だと思うと、ユーリの口元も自然に上がってしまう。

(あーあ、男前台無しだな)

そんな事を思いながら、ユーリはフレンから貰ったチョコの包みを開け、チョコを頬張った。
それを見て、フレンは首を傾げる。

「ユーリは食べないのかい?ケーキ」

二人分のフォークと小皿が用意してあるのに、ユーリがケーキを食べないのはおかしい。
フレンが疑問に思っていると、ユーリは更にチョコを頬張って答える。

「食うけど、先にお前のチョコ食べたいし」

もちろん、ユーリもフレンと同様にジュディス達や下町のみんなからもチョコを貰っている。しかし、そのどれにも、ユーリはまだ手をつけていなかった。
ここに来ればフレンがチョコを用意してくれていると思ったから。そして、それを最初に食べたいと思ったから。

「はぁ…大人の男が…乙女かっての…」

俺もお前も、と愚痴るユーリの顔は少し赤い。
そんなユーリを、フレンは思いっきり抱き締める。
どんな些細なことでも、どんなに小さな事でも、やはり恋人からの「1番」は嬉しい。

「ありがとう、ユーリ!」

「うおっ…!もうちょい手加減しろっての、この馬鹿力」

フレンから苦しいほどの愛を受けながら、ユーリも負けじと抱きしめ返す。
そのままキスをして、お互いに甘いと言い合って、もう一度キスをして。

チョコより甘い恋人の時間は、これからが本番…




END




Happy Valentine!




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