一番星(翔+十+万)



「一番星って、どうやって決まるんだ?」

 午後の授業も終わって、オシリス・レッド寮への帰路に着く途中のことだった。十代のアニキが、突然そんな質問を投げかけてきたのは。

「一番星? 夜空に一番最初に光る星、って事っスか?」
「そうそう、それ。アレって、どういう基準で決まるんだろ? …星達が交代でやってるとか? じゃなきゃ、やっぱし運?」

 並んで歩く僕の隣で、アニキは勝手な空想を繰り広げていく。
 っていうか、星の交代制って何?

「そうだ、やっぱり運で決まるんだよ! それで星達は『今日こそ俺が一番になるんだ』って、毎日ワクワクしながら夜が来るのを待ってるんだ! 間違いないぜ!」

 もう、聞いてるこっちが恥ずかしいよ、アニキ。
 このまま聞き流しても良いけど、アニキはアニキで真剣みたいだし、何より、アニキが間違った知識を身につけていくのを放っておくのも忍びないし。ここはキッパリ言っておいた方が良いよね?

「…アニキ。一番星は毎日同じ星っス」
「へっ?」

 今まで聞くだけだった僕が発した言葉に、アニキは少し驚いた様子で僕の方を向く。僕はそれに構わず続けた。

「僕達が今一番星って呼んでるのは、正しくは『金星』って言う惑星で、毎日違う星がなるってわけじゃないんス。中学の理科で習わなかったんスか?」

 ちょっとの軽蔑を含んだ長台詞を言い切った後に、僅かな沈黙が僕とアニキの間に通り過ぎた。そしてその刹那、

「えええええ?! マジかよそれ! 毎日おんなじなのか?!」

 さっきまでの沈黙から一転、アニキは外国人張りのオーバーリアクションで僕に迫ってきた。僕は平静を装ってさらに続ける。

「そうっス。大体、毎日バラバラに決まるとかあり得ないっスよ。地球と星と太陽の位置関係で一番星は決まるんだから。そりゃあ、一年中ずっと同じ星が一番星ってわけじゃないけど、それでもどの時期にどの星が一番星になるのかは、もう決まっちゃってるんだよ。ましてや日ごとに光る順番をコロコロ変えるなんて無理なの!」

 とどめとばかりに正論を突きつけた。やりすぎたかな? いや、アニキの今後の人生を考えたらこれで良いんだよ、うん。と頭の中で一人自問自答をしていたその時だった。

「フン、馬鹿な友人を持つと苦労するものだな? 丸藤翔」

 真っ黒な制服に身を包んだサンダー…もとい、万丈目君が校舎から此方に歩いてきたところだった。

「よぉ万丈目! お前も帰りか?」

 万丈目君の姿を見るなり、アニキはいつもの明るい調子で声をかけた。切り替え早いねアニキ。

「万丈目『さん』だ! いい加減に呼び捨てはやめろ!」

 これまたいつもの調子で返すと、万丈目君はいつにもまして侮蔑の目を向けてアニキに言った。

「何を話しているかと思えば、中学校レベルの天体の問題をあんなにもメルヘンチックに解釈するとはな。デュエル・アカデミア高等部の生徒が聞いて呆れる!」

 聞いてたんださっきの話。ってか、今までどこにいたの?

「別に良いじゃんかよ。たまにはこういう考え方をしてみるのも面白いぜ?」

 うわ、相手の嫌味を完全にスルーしたよこの人。
 天然だ、近年まれに見る天然だ。

「フン! 一番星は運で決まる? 星が毎夜ワクワクしながら、選ばれるのを待ってる? 笑止千万! 真のエリートは、運任せなどに身を委ねたりはせん! 自らの手で頂点の座を掴むのだ!」

 …何か出世論みたいになってるよ、万丈目君。いつから一番星が『エリート』になったの?

「いや、エリートとかそういうんじゃなくて、ただ運で決まるとかだったら面白いだろうな〜、って思っただけだって」
「どこが面白いというのだ!」
「デュエルと一緒さ。どんなカードが手札に回って、どんなカードをドローして、相手がどんな戦術を使ってきて、自分が勝つか、それとも負けるか…。そういうのって完璧には予測できないから、やっぱりワクワクするだろ? だからさ、星達もそのデュエルするみたいなノリで、自分が一番星になれる夜が来るのを待ってるんじゃないかな? って、そう思ったんだよ」

 アニキが一通り話し終えた時には、万丈目君は少し気圧されたような様子だった。無理もないよね、アニキがこんなに真面目に長々と話す事ってほとんどないもん。

「…っ、やっぱり阿呆らしい! デュエルと同じだ?! 宇宙にふよふよ浮いているしか能の無い石ころと、誇り高きデュエリストを一緒にするな!」

 でもまたいつもの調子に戻って、僕達の住むレッド寮に足早に帰っていった。

「…俺って阿呆らしいか? 翔」

 万丈目君を見送りながら、アニキが聞いてきた。

「……うん。すっごく阿呆らしい」
「ええ?! お前までそう言うのかよ!」
「本っ当にアニキってば、デュエルの事しか頭に無いよね。中学の時もそんな感じだったんなら、一番星を知らなかったのも分かる気がするっス」

 そう言って、僕も寮への道を歩き始めた。
 それをアニキが後ろから追ってくる。

「んな事無いって! 中学の理科だろ? え〜と、水素とか、酸素とか、水とか…」
「それ、三沢君のウォータードラゴンで覚えたでしょ」
「テストの成績はそれなりに良かったぜ?!」
「記号問題ばっかりだったんじゃないんスか?」
「ぐっ…何で知ってるんだよ!」
「アニキ、運だけは凄そうだから」
「『だけは』って何だよ、『だけは』って!」




 アカデミア島の夕焼け空に、
 きらり輝く、一番星。






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