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ずるい男



 一角は、隊長の為に死ぬ。それは決して変えられぬ決定事項だ。僕だってそのことに納得しているし、それでいいとも思う。
 けれど時々どうしようもなく泣きたくなることだけは、許してほしい。僕だって、美しいままじゃいられないんだよ。どんなに頑張ってみても、人間の枠からは逃れられないんだから。



「おい、弓親、どうかしたのか?」
 酷く慌てたような、困惑したような声が降って来て、僕は今から一角に抱かれようとしていたということを思い出した。一角は何時になく優しい手つきで僕の頬を撫でる。その仕草で、僕は自分が泣いていることに初めて気が付いた。
「何処か痛いのか?もしかして怪我でもしてんのか?」
 一角は顔を顰めながらも、何も答えない僕の頬を撫で続ける。けれど涙は止まるどころか、その優しい手つきに益々溢れてきた。
「……ごめん。少し、疲れてるのかも」
 右手の甲で目元を隠し、僕はぽつりとそれだけ呟く。仰向けになった僕に覆い被さっていた一角はゆっくりと身体を起こし、僕から離れた。
「なんか、あったのかよ」
 僕の傍に座った一角は、恐らく癖になっているのだろう頭を撫で回す動作をしながら静かに問うた。いつもは他人のことなど気にしない男なのに、こういう時だけ優しいなんて本当に狡い。だから嫌いになれないし、離れられない。一角が死ぬまで、いや、死んでも僕のことを見ないことは、わかりきっているのに。
「もしかして、俺に抱かれるの、ずっと嫌だったのか」
「違う!」
 妙な誤解を孕んだ一角の言葉を、僕は鋭く否定した。
 抱かれることが嫌なわけじゃない。たとえそこに気持ちが無くても、一角と触れ合っている時間は幸せだ。僕が一番美しく在れるのはきっと、闘っている時でも霊力を取り込んだ時でもなく、一角と一緒にいる時だろう。
「違うんだ、そうじゃない。そうじゃなくて」
「わかった、わかったから泣くな」
 僕の言葉を遮って、一角は宥めるようにそう言った。まるで子供のようにぽんぽんと頭を撫でられて、その温かさにまた涙が溢れる。
 何時から僕はこんなに涙脆くなったのだろうか。一角といると感情が制御できなくて、僕は醜くなる一方だ。それなのに、一角といる時が一番美しく在れるなんて、矛盾にも程がある。
「……一角は、一角の好きなようにやればいい」
 僕が何を思ってそう言ったのかなんてわからない癖に、一角は少し黙り込んだ後で、なんでもないことのようにさらりと言った。
「それならおまえは、そんな俺の傍にいろよ。もちろん、一生だからな」
 当然、僕の涙は一生だって流れるのではないのかと思うくらい溢れ出した。
 これだから、狡くて優しい男は嫌なんだ。でも、こんな一角の傍にいられるなら、美しくなくても人間でいいと思ってしまう。だって僕は、どんなに頑張ってみても、一角を嫌いになれないんだから。



end

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あきゅろす。
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