明日の約束をしよう
どうしたって自分が彼の一番にはなれないことは、痛いくらいにわかっていた。だからといって彼の特別になれるかというと、それはまずありえないだろう。
だって、彼の特別は、彼に力を与え、彼の哀しい世界を変えた、小さな死神なのだから。
いつだって、彼を救うのは小さな死神である彼女だ。どんなに自分が彼を救いたいと願っても、どんなに自分が彼を救おうと頑張っても、結局彼の救世主は彼女しかなれない。
現に彼は、彼女が現れただけで今までの不安定さが嘘のように平静を取り戻した。
結局自分は、彼にとっていてもいなくても同じような存在でしかないのだ。どんなに自分が彼に固執しても、どんなに自分が彼の傍にいたいと望んでも、それは一方的なものでしかない。ましてや今の自分は、彼と共に闘うことすらできないのだ。
こんな自分が彼に必要とされないのは、当然のことだろう。
それなら、何故自分はここにいるのだろうか。自分がここにいる意味なんて、どこにもないというのに。
「石田君」
少しだけ緊張した可愛らしい声で名前を呼ばれて、雨竜は我に返った。目の前には心配そうな顔でこちらを見ているみちるがいる。
そこで雨竜は、今は部活の途中なのだとようやく気が付いた。
「え、あ、ごめん。どこかわからないことでもあった?」
雨竜は今まで考えていたことを悟られないようにと、誤魔化すように小さく笑って彼女と目を合わせる。いつもなら緊張しながらも何かを返してくれるみちるが、今日に限ってそうしてはくれなかった。交わった視線が、全てを見抜こうとしているようで居心地が悪い。
そんな思考が顔に出てしまったのか、みちるは慌てたように口を開いた。
「あの、そうじゃなくて、実はぬいぐるみがほつれちゃって……」
「僕でよければ直すよ」
いつも通りに了承すると、みちるは安心したように小さく笑った。けれど次の瞬間、それまでの穏やかさやふんわりとした雰囲気には似合わないほど力強い瞳が、雨竜を貫く。
「明日、持ってくるから」
「え?」
「明日持ってくるから、その時に直してくれる?」
「え、うん。いいよ」
その瞳の強さに少しだけ圧倒されながら、けれど雨竜はしっかりと頷いた。それを見たみちるは、またいつもの彼女に戻って、柔らかく笑って見せる。
「じゃあ、また明日ね」
「……うん、また明日」
どうしてわかってしまったのだろう。
雨竜は去っていくみちるの小さな背中を見詰めながら、小さく苦笑した。
自分は何も言っていないし、悟られるようなこともしていないはずだ。みちるだってきっと、雨竜のことなんて何もわかっていないだろう。それだけは間違いない。
それでも、彼女は笑ったのだ。まるで全てをわかったように。全てを、赦すように。
雨竜は作業に戻ったみちるの姿をもう一度視界に入れると、泣きだす直前のような表情で小さく笑った。
明日もここにいていい理由を、彼女はくれたのだ。
end
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