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Night Knight



 雨竜が何かを抱え込んでいることには、もうずっと前から気が付いていた。それは複雑なもので、だからこそ彼が脆いのだということも。
 けれど、彼の強さも知っていたから、今まで何も言わずにここまで来た。いや、来てしまった、と言った方が正しいのかもしれない。
「石田」
 茶渡は闇夜の中でぼんやりと佇む雨竜の隣に立つと、深夜の静寂に溶けていくほど穏やかな声で彼の名前を呼んだ。生温い風が、静かに頬を撫でる。それでも雨竜は茫洋な目付きで虚空を眺めるだけだった。
「石田」
 もう一度、茶渡は雨竜の名を呼ぶ。先程よりも強く、優しい声音で。
 雨竜はたった今気付いたと言わんばかりの表情で茶渡を見ると、取り繕うように霊子兵装を解除した。そして何事もなかったかのように小さく笑みを浮かべて見せる。
「茶渡君も来ていたんだね。でも虚は僕が滅却したから大丈夫だよ」
 いつものように言って見せる雨竜に、けれど茶渡は何も返さなかった。
「茶渡君……?」
 何も言わない茶渡を不審に思ってか、雨竜は心配そうな色を闇夜に溶けてしまいそうな漆黒の瞳に映し、茶渡の顔を覗き込む。
「外国には」
「え、なに……?」
 しかしそんな雨竜を意に介さず、茶渡はなんの脈絡もなく、唐突に言葉を紡ぐ。雨竜は困惑しているようであったが、茶渡は構わず言葉を続けた。
「外国には、どんな罪も赦してくれる、神という概念がある」
 雨竜の表情が消えたのがわかった。きっと自分は雨竜の触れて欲しくない部分に入ろうとしているのだということにも気づいていた。それでも茶渡は、止めなかった。
「もし潰れてしまうほど辛いのなら、もし立っていられないほど苦しいのなら、……泣きたいほど赦されたいと願うのなら、神に頼っても、いいと思う」
 茶渡が雨竜に視線をやると、彼は一度何かを言いかけて口を開いた。しかしそれは言葉にならなかったのか、すぐに閉じられてしまう。それと同時に、今まで交わっていた視線が伏せられた。
 雨竜の声が聞こえてきたのは、その直後だ。その声は、そんなはずはないとわかっていても、何故だか酷く泣いているように聞こえた。
「……僕は、たくさんの人の魂を殺してきた」
 それはまるで懺悔のようだと、茶渡は思う。けれどそれを口にすることはなく、茶渡はただ雨竜の声に耳を傾けた。
「たくさんの人を消してきた。たくさんの人の来世を奪った。……こんな、僕でも、神は赦してくれるのかい?」
「……ああ、おまえが赦されたいと思うのなら」
 雨竜はしばらくは俯いたままだったが、やがて顔を上げ茶渡を見ると、やはり泣いているような顔のままそれでも薄く笑って見せた。
「ありがとう。……でも、僕はまだ大丈夫。もう少しこの罪を背負っていくよ」
 茶渡は雨竜の強さを感じさせるその言葉に笑みを返すと、思い立ったように口を開いた。
「メキシコはいい所だ」
 雨竜はそれを聞いて一瞬目を丸くしたが、次の瞬間には思わずといった感じで頬を緩めていた。
「君が育った国だもんね」
 言いながら柔らかく笑う彼の身体を、茶渡は吹き抜ける風のように優しく抱きよせた。



end

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