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やさしさの裏側



「石田って、織姫のこと好きなんじゃない?」
 その言葉を誰が言ったのか、時間が経った今、織姫はすでにわからない。けれどそれが発端となって雨竜の話になったのは確かだ。
 織姫は一度だけ雨竜の席に視線を向けると、次の瞬間には何事もなかったかのように食パンと餡子を頬張り始めた。そして皆が話す内容には否定も肯定もせず、ただ黙って楽しそうに交わされる話に耳を傾けている。
「ねえ、実際のところどうなのよ?」
 一頻り喋り終え、興味津々といった表情で織姫に詰め寄ったのは真花だ。織姫は真花だけではなく、周りの視線を感じながらにこりと笑った。
「石田君に好きな人はいないと思うよ」
「そうかな……?でも石田君、織姫にはすごく優しいよね」
 織姫の言葉に、みちるは俯きがちに言葉を紡いだ。けれど織姫は、それを柔らかく否定する。
「確かに石田君は優しいかもしれないけど、女の子にだったら誰にでも優しいよ?」
「でもあんたには特別優しいと思うけど」
 たつきは織姫が口に付けている餡子を気にしながら、何気なく口に出した。織姫はたつきの心配に気付いているのかいないのか、構わず食パンを口に運ぶ。ちらりと見えたみちるの沈んだ顔に、少しだけ胸が痛んだ。
「あのね、石田君は多分、私も茶渡君も黒崎君も学校も日常生活も、いざとなったら自分の命だって簡単に捨てられると思うの」
 言いながら織姫は、悲しげに笑う。まるでそれがしょうがないことだと言わんばかりに。
 周りの者は皆不思議そうに顔を見合わせていたが、織姫はもう何も言わなかった。
 雨竜のことを、織姫は深く知っているわけではない。彼のことで皆より知っていることと言えば、雨竜が滅却師で、死神嫌いということくらいのものだろう。
 それでも彼が抱える痛みや苦しさが、織姫にはどうしてだかわかってしまうのだ。雨竜は決して誰にも見せようとはしないけれど、確かに存在する、その痛み。闇と言い換えてもいいのかもしれない。
 たとえばこの年であれば誰だって興味を持つ恋愛や、死線を共に潜り抜けた仲間は、雨竜にとって取るに足らないものなのだろう。確かに大切にはしているが、きっとそれは雨竜が抱える痛みとは比べ物にならない程ちっぽけなものだ。
 それが悲しいとか、寂しいとか、思わないと言ったら嘘になる。誰に何を言われようとも、雨竜はかけがえのない仲間なのだ。やっぱり幸せになってもらいたいし、笑っていてもらいたい。
 けれど雨竜の痛みを取り除くことができるのは自分ではないと、それもわかるから。
 織姫はいつだって自分を護ってくれた背中を思い出して、やっぱり諦めたように笑うことしかできなかった。



end

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