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もうどこにも行けない



「僕は言ったはずだ。君とは敵同士である、と」
 そう言いながら石田は、いつものように皮肉っぽく唇の端を上げた。見慣れたその仕草は、いつも俺にだけ向けられるものだ。普段はそんなことにすら優越感を抱いていたというのに、今は嬉しくもなんともない。
「でもおまえは、確かに味方だとも言っただろ」
 焦燥に任せて乱暴な口調で言うと、石田は何も言わずに視線を落とした。その様子からは、どこか道に迷って途方に暮れた子供のような印象を受けた。そしてそれは、あながち間違ってはいないのかもしれない。
「戻ってこいよ。おまえの居場所は、そんなところじゃないはずだ」
 畳みかけるように言葉を重ね、手を差し伸べる。けれど石田は俺の手を一瞥しただけで、決してこの手を取ろうとはしなかった。
 いつだってこいつはそうだ。俺が苦しいときは必ず力を貸してくれるくせに、自分が苦しいときは絶対に頼ろうとしない。
「ねえ黒崎」
 俺を呼ぶ声は、酷く穏やかだった。凪いだ海を思わせるその声は、こんなときであるにも関わらず、俺の耳には心地よく響く。
「僕は、滅却師なんだよ」
「何を今更……」
「滅却師なんだ」
 まるでとても大切な秘密を打ち明けてくれるように、石田は繰り返した。いつだって真っ直ぐだった漆黒の瞳は今もやはり真っ直ぐ俺を見ていて、俺は何も言えなくなる。
「僕は君たちの仲間である前に、君の味方である前に、石田雨竜である前に、滅却師なんだ」
 だからもう、君の傍にはいられない。
 そう言った石田の顔にはもう表情は無くて、整った顔はまるで人形のように見えた。
「なん、でだよ。なんで、おまえは……」
 滅却師なんて慈善事業のようなものだ。いや、それよりも数倍は過酷だろう。命を懸けて多くの人を護っているにもかかわらず、そのことは誰にも知られないのだから。
 それなのになんで、こいつはいつだって滅却師であろうとするんだ。止めたところで、放り投げたところで、誰にも咎められないというのに。誰にも責める権利はないというのに。
 けれど石田は、不意に何もかもをわかったように微笑んだ。皮肉っぽくも嘲笑めいてもいない、酷く優しい表情で。
「僕は、そんな風にしか生きられないんだよ」
 それだけを言い残して、石田は今度こそ俺に背を向けた。
「石田!」
 今引き止めなければもう二度と元に戻れないような気がして、俺は必死に石田の名前を叫ぶ。
「――……さよなら、黒崎」
 一度だけ立ち止まった石田の口から零れたのは、そんな言葉だった。
 震えた声で、泣きそうな顔をして、別れの言葉を言うくらいなら、大人しく俺の隣にいればいいのに。滅却師なんて止めてしまえばいいのに。
「おまえは、馬鹿だ……」
 けれど、あいつがそんな選択をしないということも痛いくらいにわかるから。
 俺は必死に涙を堪えることしかできないのだ。



 なあ石田。おまえはいつだって、俺が苦しいときは力を貸してくれた。だから今度も力を貸してくれよ。
 ただ隣にいるだけで、それだけでもう十分だから。



end

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