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木漏れ陽



 チョコレートは、彼が好きなものだった。雨竜が直接それを聞いたことはなかったけれど、例えば弁当の後やちょっとした休み時間に、市販のそれを口に入れている姿なら何度も見かけたことがある。そして注意深く見ていなければわからないのだが、そんなとき、彼の眉間の皺の数は僅かに減少するのだ。
 だから、もしも男からでもチョコレートならば受け取ってくれるのではないかと、雨竜はいつも期待してしまった。みんなに配っていると言えば、味見をして欲しいと言えば、さり気なく渡してしまえば――。
 結局、彼に渡せたことは一度もなかったのだけど。
 雨竜はチョコレートケーキが焼きあがるの待ちながら、思わず苦笑してしまった。
 彼に、一護に、チョコレートを渡す機会なんて恐らくもう永遠に来ないだろう。死神代行である一護は生まれ変わることもないのだから、来世に期待することさえできない。
 でも今は、それでもいいと思える自分がいる。彼の為に作ったチョコレートを、惨めに捨てることしかできなかった自分はもういない。
 こんな風に、時々はまだ一護のことを思い出して、泣きたくなってしまう日もあるけれど。どうしようもなく寂しくて会いたくなる日もあるけれど。
 それでも今の自分には、チョコレートをあげたい人が他にいるのだから。
「石田」
 近付いてきていた霊圧が玄関の前で止まったと思えば、聞き慣れた声が自分の名前を呼ぶ。もうすぐ来るだろうと玄関の前まで移動していた雨竜は、ドアの向こうに立っている死神に気付かれぬよう、小さく微笑んだ。
「いらっしゃい」
 雨竜がドアを開くと、わざわざ儀骸に入ってきた真っ赤な髪の死神は少し照れたように笑う。そして手に持っていた小さな包みを雨竜に押し付けた。
「え、なにこれ」
 雨竜が怪訝そうに眉を顰めると、恋次はやっぱり照れたような表情のまま口を開く。
「今日はばれんたいんって日なんだろ?だから、チョコレート」
「……ありがと」
 雨竜は一度驚いたように目を見開くと、受け取った包みを大事そうに持ち直し、呟くように礼を述べた。見たところ手作りでも高価なものでもないチョコレートだが、それでも嬉しさが込み上げてくる。
 こんな風に幸せで穏やかなバレンタインを送れる日が来るなんて、あの頃は夢にも思わなかった。
「僕からも、君に渡すものがあるんだ」
「おう」
 優しい瞳で自分を見る恋次に雨竜は少し泣きたくなって、それを誤魔化すように小さく微笑んだ。



 もうきっと、君を想って泣く日は来ないだろう。



end

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あきゅろす。
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