[携帯モード] [URL送信]
愛を紡がぬ唇



「悲惨ッスねえ」
 言いながら浦原は、一心と真咲を離れた所から眺める竜弦の隣に立った。大学へ向かう途中、たまたま二人を見かけただけの竜弦には、何故浦原がここにいるのかわからない。この男があの怪しげな店から出て来ることなど滅多にない上に、この道を通ることなら何度もあったが、この男と会ったことなど今までに一度もなかったというのに。
 ただわかるとするならば、隣でにやにやとした笑みを浮かべる死神がこの機会を狙って現れたということと、そんな死神が自分は大嫌いだということだけだ。
 竜弦は浦原に聞こえるほど派手に舌を打つが、そんなことなどお構いなしに浦原は言葉を続ける。
「死神を憎むはずの滅却師が、よりにもよってその死神を好きになる。しかも相手は男で愛する人もすでにいるなんて、本当に可哀想な人だ」
 確かに、この男の言う通りなのだろう。他人なんてどうでもよかった竜弦の前にいきなり現れ、いつの間にか全てを奪っていった男は、憎むべき死神で、同性で、すでに愛する女がいる。この想いが叶うことなど恐らく永遠にありえない。そんなことは浦原に言われるまでもなくわかっている。
 それでも諦められないくらいには、黒崎一心という男が今でも好きなことには変わりないけれど。
「貴様には関係ないだろう。死神ごときが生きている人間に口出しするな」
 竜弦は顔色一つ変えることなく言い切ると、ここにきて初めて浦原に視線をやった。いつも貼り付けている笑みとは違う、嘲笑の混じったそれが浦原の口元には浮かんでいる。
「そんな死神が好きなあなたには言われたくないッスけどねえ」
 竜弦よりはいくらか背の高い浦原を見上げる形になるのは癪に障るが、それでも竜弦は浦原を真っ直ぐに見詰める。
 そして次の瞬間竜弦は、見る者の心を凍らせてしまうような、殺してしまうような、そんな冷たい笑みを静かに浮かべた。
「そんな滅却師が好きな貴様にだけは言われたくないがな」
 嘲笑と冷笑の入り混じった笑みだけを残して、竜弦は振り返ることすらなく、浦原の前から立ち去ってしまう。
 だから竜弦は気付かないのだ。残された浦原が、今までとは少し違う、勝ち誇った笑みを浮かべているということに。
「そんな死神に好かれていることが満更でもなくなってきているくせに、強情な人だ」
 憫笑混じりに呟いた言葉は誰に聞かれることもなく、閑散とした街並みに吸い込まれてしまった。



end

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!