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小さな恋のうた



 一護にだけ向けられる、彼の優しげな表情が愛しかった。


 尸魂界が夜の帳にすっかり包まれた頃、恋次は必死に霊圧探知に勤しんでいた。死神たちとは違う、清廉なまでに凛としたそれが、彼の捜している霊圧だ。けれど、目的のそれはなかなか見つからない。恋次が元来そういうことに向いていないというのもあるが、捜している霊圧はうまくコントロールされていて、酷く見つけにくくなっている。
 恋次は思わず舌を打ってしまった。急げば急ぐほど、集中できない。なんとか落ち着こうと、ゆっくりと息を吐いた。
 一護たちが明日現世に帰ると聞いたのは、ついさっきのことだ。その瞬間思い浮かんだのは、白い衣装に身を包み真っ直ぐに立つ滅却師。
 その華奢な身体を抱きしめたい。始まりなんて、そんなものだった。それなのに、小さな炎のようだったその想いは、今では自分の手に負えないほど大きくなっている。
 雨竜が一護を他の誰とも違う目で見ているのは気付いていた。いや、僅かではあったが尸魂界で共に過ごすうちに、否応なしに思い知らされた、という方が正しいだろう。
 それでも、この気持ちを止めることはできなかった。一護に向けるその表情でさえ、愛しく思えた。だからせめてこの想いを口にするくらいは許してほしい。
 雨竜の霊圧を感じたのは、そんなときだった。そう遠くはないところに、一人でいる。
 さっそく近づいてみると、雨竜はこちらを気にすることなく、闇に包まれた尸魂界をぼんやりと眺めていた。
「こんな所で何やってんだ?」
 勢いで近付いたはいいが何を言っていいのかわからず、とりあえず当り障りのないことを口にする。目にかかる長い髪が鬱陶しくて、乱暴に掻き上げた。緋色の髪が肩をさらりと滑るのを感じる。
「少し風に当たっていただけだよ。君こそこんな所で何してるんだ」
 雨竜は相変わらず、視線さえも寄越さない。失礼なほど素っ気ない態度だ。しかし恋次はそんな雨竜に対して、怒るどころか内心で苦笑染みた笑みを漏らしていた。そういうマイペースな所も、密かに気に入っているのだ。
「俺も風に当りたくなっただけだ」
 即席の答えが気に入らなかったのか、雨竜は露骨に眉を顰める。
 しかし雨竜は何も言わず、先ほどと変わらぬ無表情でまたぼんやりと闇夜を見つめた。
「明日、帰るんだったな」
 沈黙が嫌で口にした言葉は、案外頼りないものだった。それが予想外に弱々しく聞こえて、恋次は自分の声だというのに内心で狼狽する。
 そんな恋次の様子に気付いたのかどうかはわからないが、雨竜は少しの間黙りこみ、それから静かに頷いた。
 そこでようやく恋次は、雨竜が本当に目の前からいなくなってしまうことを実感する。
 決して簡単とは言えないが、会いに行こうと思えば会いに行ける距離だ。きっと雨竜も嫌そうな顔をしながらも迎えてくれるだろう。でもこのままでは、きっと自分は会いに行けない。今のままの関係では、会いになんていけない。
「……悪かったな」
 口から零れたのは、謝罪の言葉だった。今更と言われようが、許せないと言われようが、関係ない。雨竜への想いを自覚してから、恋次はこの言葉をどうしても言いたかったのだ。いや、言わなければならなかった。
「今更、何言ってるんだ」
 案の定言われた言葉に、恋次は罰が悪くなりながらも言葉を返す。
「ずっと、言いたかったんだよ」
 謝罪なんて言い慣れていない恋次のそれは、酷くぎこちないものだ。けれど雨竜は、そんなことも全てわかったように小さく笑う。そういうところも好きなんだと、恋次は漠然と思った。
「あれは別に君だけが悪いわけじゃないだろ。……僕も」
 それから雨竜は先ほどとは違う、何かを諦めたような笑みを浮かべた。
「悪かったな」
 その言葉を聞いた瞬間、心臓がどくりと音を立てる。このままじゃいけないと、全身が叫んでいた。何故だかわからないが、このまま何も言わなければ、もう二度と雨竜に会えなくなるような気がする。
 恋次はそんな焦りをなんとか抑え、覚悟を決めるように一度だけ強く目を閉じた。
 自分は決して頭がいい方ではない。いつだって頭で考えるより先に行動してきた。それなら今回だって、そうするしかない。
「それからもう一つ言いたかったんだけどよ」
 恋次は目を開けると、開き直ったように悪戯っぽく笑って見せた。
「おまえが現世に戻っても、時々会いに行っていいか?」
「……うん」
 そう答えた雨竜が何を思っていたのかはわからない。
 ただ、一護にだけ向けられていると思っていた優しげな表情が、自分に向けられている。それだけで今は十分だ。
 だからせめてこの情けない表情には、気付かなければいい。
 恋次は泣きそうになりながら、秘かにそう思った。



end

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