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トクベツ



「あ?」
 気付いた時にはもう、怪訝そうな声が口から漏れていた。その柄の悪さにだろうか、声が聞こえていたらしい雨竜はその綺麗な眉を僅かに顰める。
「なんだいきなり。喧嘩でも売っているのか」
「違えよ!」
 売るなら買うぞ、と言わんばかりの目をされて、思わず恋次は全力で否定した。擦れ違っただけで怯えられる自分に対して、怖気づくどころかこんな態度を取ってくれることが、嬉しい半面少し心配になる。
 もしも彼女が、本当に危ない奴にも同じようにしているのだとしたら、それはかなり危険だ。自分や一護、茶渡なんかが傍にいればいい。けれどいざというとき、こんな細い腕や足で何ができるだろう。決して彼女を弱い人間とみなしているわけではないが、やはり心配だ。だが、言って聞くような可愛い女でないことだってわかっている。
「というか、他の奴らはどうしたんだよ」
 結局言っても無駄だという結論に達し、恋次は辺りを見回しながら雨竜に尋ねた。
 そもそも恋次が夏休みの最終日、学校外で雨竜と会っているのは、水色に「石田さんに宿題手伝ってもらうんだけど、一緒に来ない?」と誘われたからだ。他には啓吾と、教え役として一護、茶渡が来ると聞いたので、恋次は夏休み終了日はすでに明日だというのに未だ終わっていない宿題を持って、素直にその誘いに乗じた。
 しかし蓋を開けてみれば、もうすぐ約束の時刻だというのに待ち合わせの場所にいるのは雨竜だけで、誘った張本人の水色はおろか、一護も啓吾も茶渡もいない。水色と啓吾はともかく、一護も茶渡も遅刻するような奴ではないというのに。
「ああ、小島くんたちなら、急に体調が悪くなったとかで来れなくなったらしいよ」
 昨日の夜、電話が来た。と平然と言ってのける雨竜に、恋次は色々と言いたいこともあったが、最終的には脱力するしかなかった。
「おまえ……高い壺とか買わされないよう気を付けろよ」
「は?」
 訳がわからないというような表情をする雨竜になんでもないと返し、思わず溜息を吐く。
 彼女は全くと言っていいほど気付いていないが、これは完全に嵌められたということで間違いないのだろう。
 人の色恋沙汰が好きな水色が、こうして自分と雨竜の仲を近付けようとするのは今に始まったことではない。正直あまりいい気分ではないが、出会ったころに比べて苦手意識も大分無くなり、むしろ普通に接してくれる彼女と一緒に過ごすのは心地よくなりつつあるのもまた事実であった。
 そして何より今回は、提出日が明日の宿題を終わらせることができると思えば、プラスマイナスはゼロだ。むしろ、プラスの方が大きいかもしれない。
「それじゃあファミレスとかでいいか?」
 二人ならば二人でいいと腹を括ったところで、恋次は周りの視線に気付き、とりあえずこの場から移動しようと提案する。如何にも優等生に見える雨竜と、如何にも不良然とした自分では、ただ話しているだけで冷たい視線に晒されるのだ。その気持ちはわからないでもないし、慣れていると言えば慣れているのだが、これもやはりあまり気分のいいものではない。
「うん。だけどその前に」
 はい、という声と共に何かを差し出されて、恋次は思わず首を傾げる。雨竜の手は、綺麗にラッピングされた小さな包みを持っていた。
「なんだこれ」
 雨竜の差し出す物に心当たりがなく、不審な様子を隠さず問い返す。けれど彼女は気を悪くした風も無く、むしろ少し愉快そうに微笑を浮かべていた。
「今日は君の誕生日だって小島くんに聞いたから、クッキー作ってきた。甘いもの、好きだよね?」
「え、ああ、好きだけど」
 今日が自分の誕生日であることは覚えていた。日付が変わった瞬間に幼馴染のルキアからメールが来たし、この歳で誕生パーティーも恥ずかしいが、夜は彼女の家に招待もされている。
 けれどまさか、雨竜が祝ってくれるとは思ってもみなかった。
「……ありがとな」
 なんだかくすぐったいような、温かいような気持ちになって、恋次の口元には意図せず笑みが浮かんでくる。
 孤児院育ちの自分にとって、誕生日なんてほとんど意味のないものだった。祝われれば当然嬉しいが、そこに特別な意味を感じたことはあまりない。大体誕生日と銘打ってはいるが、今日が本当に生まれた日なのかもわからないのだ、何か意味を見出せというのも無理な話だろう。
 それなのに。
 雨竜が自分の為にプレゼントを用意してくれたと、ただそれだけのことで、恋次にとって今日という日は他とは違う特別な日に変わってしまった。
「ありがとう」
 もう一度礼を言って恋次が包みを受け取ると、雨竜はやはり優しい笑みを浮かべてこちらを見ている。
 その笑みに体温が上がった気がして、恋次は誤魔化すように彼女から視線を逸らしてしまった。



 彼女が特別になり始めていることを、そろそろ認めるしかないらしい。



end

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あきゅろす。
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