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純愛セレナーデ



 一護が義骸に入った恋次と会ったのは、織姫を送った帰りだった。家の前に佇む姿は、恋次を知らない人が見れば少し恐怖を与えたようだったが、一護はそれとはまた別の恐怖を感じる。
 死神の力を失くしてから今日まで、ルキアですら一度たりとも姿を見せなかったのに、今になって現れるなんてどうかしたのだろうか。もしかするとルキアや尸魂界に何かがあったのかもしれない。
 不安にながらも一護が恋次に駆け寄ると、能面を貼り付けたような無表情がこちらを見る。それはいつも何かしらの表情を浮かべている彼にしては珍しく、一護は思わず息を飲んだ。
「なんか、あったのか?」
 緊張した声音で尋ねると、恋次は何処か嘲笑めいた笑みを口元に浮かべる。その意味がわからずに一護が内心で首を傾げていると、恋次の武骨な手が急に一護の胸倉を掴んだ。
「テメエは優しい奴だ。ルキアを、仲間を、尸魂界を、大勢の人間を、護ってくれた。そのことには感謝している。だけどな、そんなことをしてると、おまえが本当に大事だと思うものをいつか取り零すぞ。……おまえの掌は、自分が思ってるほど大きくなんてねえんだから」
 恋次の言っていることを、初めは理解できなかった。そもそも自分は、そんなにたくさんのものを手にしているとは思っていない。恋次が言うように、自分の掌が大きいなんて思っているわけではない。
 けれど不意に思い出すのは、窓の向こうに見送った雨竜の後ろ姿。いや、それだけではない。彼の少し寂しそうな横顔。何かを言いたげに注がれる視線。困ったように口を噤む表情。
 そして、泣きそうに笑う綺麗な瞳。
「早くしねえと、あいつはおまえから離れていくぞ」
 その脅しにもにた忠告を聞いた瞬間、一護は弾かれるように走り出した。頭の中には雨竜のことしかない。
 どうして恋次に言われるまで気付けずにいたのだろう。どれだけいつも通りに振舞っていても、いつだって雨竜は泣きそうな顔でこちらを見ていたのに。
 一護は心の中で自分を罵りながらも、少しでも早く雨竜の家まで辿り着けるようにと、只管手足を動かすことに専念した。



 雨竜の住むアパートに辿り着いた瞬間、彼の部屋の窓が開いて、訝しがるような表情の雨竜が顔を覗かせた。きっと霊圧で一護がここに向かっていることに気付いていたのだろう。
「……何か、あったのかい?」
 息を整えながら、一護はいつもより高い位置にある雨竜の顔を見上げる。
「おまえに、言いたいことがあって」
 瞬間、雨竜の顔色が変わったことに一護は気が付いた。辺りはもう暗く、雨竜の瞳は闇に同化してしまいそうではあったが、それでも今の一護には容易くそれに気付くことができた。今まで何も気付けなかった自分が嘘のように。
「……別れ話でもするのかな」
 そう言って雨竜が諦めたように笑ったのは、一護が口を開いたまさにその時だった。思わず一護は目を見開くが、雨竜は諦めたような表情を変えない。
「僕も、そろそろ潮時だと思っていたから丁度よかったよ。やっぱり君は、もっと可愛くて優しくて、温かい女の子の方が――」
「好きだ」
 淡々と紡がれる言葉に逆上することもなく、一護は静かな声でそれだけを言う。
「俺にはたくさん護りたいものがあって、好きなものもあって、幸せでいて欲しい人がいる。でも、これから先、ずっと隣にいて笑っていて欲しいって思うのは、おまえだけなんだ」
「……」
「俺が本当に死神になって、いつか消えるその時まで、一緒にいてくれないか?」
 きっと雨竜は死神にはならない。何度も死んで、尸魂界に行き、そしてまた生まれ変わるのだろう。一護のことを忘れて。
 それでも自分は、何度だって雨竜のことを好きになる。石田雨竜が石田雨竜である限り、何度だって見つけて、恋をする。
 だから――。
「それ、狡くないか?」
「え」
 不意に、雨竜がおかしそうに微笑むから、一護は思わず目を丸くする。けれどそんな一護などお構いなしに、雨竜は言葉を続けた。
「僕が君を置いていくことはないのに、君が消えたら僕は取り残されるじゃないか。それは狡いだろう」
 だから、君が消えるその時は、僕も連れて行ってくれ。
 言いながら、雨竜が優しく笑うから。だから、一護の胸にはたくさんの想いが溢れだして、思わず泣きそうになった。
「ああ、約束だ」
 きっとこんな想いを、人は愛しいと言うのだろう。



end

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