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流れ着く先があるのなら、



「石田」
 静かな、けれど鋭い声で名前を呼ばれる。その聞き慣れた声に、雨竜は安堵の息を漏らした。
「こっちだよ」
 雨竜が隠れていた木の陰から声のした方へ僅かに顔を出すと、そこには案の定橙色の髪を持つ死神が立っていた。先程彼がしたように、潜めた声で呼び寄せると、一護もほっとしたように近寄ってくる。
「無事だったんだな」
「君こそ、よく生き延びられたね」
 そうして二人は、泣きそうに微笑み合った。



 死神と滅却師の戦いが始まってから、すでに数十年の時が過ぎている。滅却師は数を減らし、ほとんど絶滅寸前にまで追いやられていた。それでも死神の攻撃は続けられ、残った滅却師も抵抗を止めない。互いに手を取り合えば無駄な殺し合いも終わるのかもしれないが、そうするにはもう、何もかもが遅すぎた。
 けれども死神である一護と滅却師である雨竜は、出会ってからというもの、敵であるにも関わらず、なんの因果か惹かれ合ってしまった。もちろんそれは許される想いではない。だからこそ、こうして隠れて逢瀬を繰り返しているのだ。
「おまえの家族は大丈夫か?」
 雨竜の隣に座った一護は、険しい顔で口を開く。もしも怪我をしたと、殺されたと、そう言われてもどうしようもできないことくらいわかっているけれど、一護はいつも聞かずにはいられなかった。
「まだ、大丈夫。君のご家族は?」
「俺のところも平気だ」
 答えを聞いてようやく眉間の皺が幾らか少なくなった一護は、雨竜のことをそっと抱きしめる。
 一護だってたくさんの滅却師を、人間を、殺してきた。斬魄刀は血に染められ、その手は今でも人を斬った感触を覚えている。
 それでもこうして彼を抱くときだけは、都合がいいと罵られたとしても、誰かに触れる資格がないと吐き捨てられたとしても、優しいもので在れるような気がしていた。そう在ってくれればいいと願っていた。そしてそれは、雨竜も同じなのだろう。
 そっと回される雨竜の腕を感じて、一護は目を閉じる。
「今日、僕の頭にある未来が浮かび上がってきた」
 静まり返った夜の森に、雨竜の声が奇妙なほど響き渡る。思わず体が強張り、雨竜を抱く腕に力が籠った。
 雨竜は滅却師の中でも未来を予知できるという、特異な能力を持つ者だ。それ故死神に狙われ、何度も攫われそうになった。死神たちが殺そうとしなかったのは、恐らく実験材料にするためなのだろう。
「……どんな、未来だった?」
 一護が問いかけると、雨竜は諦めたように笑ったようだった。
「僕は、その未来にいなかった。いや、僕だけじゃない。君だって、もうそこにはいなかった」
「……そっか」
 一護は呟くと、雨竜の肩に顔を埋める。雨竜はともかく死神である一護がいないということは、いずれ戦闘によって殺されるということなのだろう。
「なあ、石田」
 そのままの状態で、一護は雨竜の名を呼んだ。その声は雨竜の耳に酷く優しく響き、やがて消えていく。
「……なに?」
「もう一回。もう一回でいいから、未来を予知してくれよ」
「……未来は絶対で、僕はそれを見るだけ。だからいくら僕が念じても、同じものが見えるだけだよ」
「違えよ」
 そこで一護は雨竜から体を離すと、闇に紛れてしまいそうなほど黒い彼の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
「俺とおまえが、生まれ変わってもう一度出会う未来だ」
「君と、僕が?」
「そう。俺とおまえが。どんなに遠い未来でも、どんなに離れた場所で生きていても、また出会う未来」
 例えばお互いがお互いに気付かなくたっていい。また敵対することになったって構わない。
 ただ、もう一度二人が会える未来。
 今まで泣きそうな面持ちで一護を見詰めていた雨竜だったが、不意に小さく笑みを浮かべた。
「……だったら君は、今よりもっと大きな霊圧で生まれてきなよ。そうしたら僕が見つけてあげるから」
「それならおまえは、今よりもっとうまく霊圧を探れるようになっとけよ」
 一護はもう一度雨竜を抱きしめると、いつものように優しい笑顔を浮かべた。



 その腕の中で、雨竜は静かに念じる。
 二人がまた巡り会う、遠い未来のその先を。



end

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あきゅろす。
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