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臆病メランコリー



 黒崎一護という男が、いつも誰を見ているのかなんて、誰よりもよくわかっていた。どんなに頑張っても、どんなに近くにいても、絶対に振り向いてくれないことくらい痛いほどにわかっていた。
 こうして傍にいられるのは、自分が彼の護りたいものの中に入っているからに過ぎないということだって、本当はちゃんとわかっていた。
 それでも彼を追いかける一護の視線に、こんなにも傷付くのはどうしてなのだろう。
 織姫は夕日の差し込む教室の中で、自嘲気味に小さく笑った。
「もう帰ろうか」
 窓の外を眺めていた一護に声をかけると、彼はさっきまでとは違う、どこか怒ったような不安げな顔のまま織姫を見る。
「どうかしたの?」
 思わず問いただした織姫に、一護は躊躇うように視線を彷徨わせる。そうして自らの髪をかき混ぜながら、遠慮がちに口を開いた。
「あそこにさ、……いや、やっぱなんでもない。送ってやるから、暗くなる前に帰ろうぜ」
 途中まで言いかけて、一護は結局口を閉ざしてしまう。けれどその表情から、彼がやはり何事かを気にしているのは明白だった。
 織姫は一度素直に頷いて見せ、さり気なく窓の外を覗いてみる。
 そこには、雨竜と彼を引き留める恋次の姿があった。霊力を失くした一護には、雨竜が誰と話しているのかわからなかったのだろう。いや、もしかすると本当は勘付いていて、だから織姫に聞くのを躊躇ったのかもしれない。
「ずるいなあ」
 織姫は、小さく呟いた。
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ」
 ずるいなあ。
 今度は心の中で、織姫はもう一度だけ呟いた。
 一護は雨竜に出会うまで、これ程までに誰かを気にかけることなどありえなかった。去る者は追わなかったし、誰が何をしていようと一切干渉しようとはしなかった。
 それが、誰と話していたかということすら聞くのを躊躇うほど、雨竜のことを気にしている。
 そんな風に一護を変えてしまった雨竜が羨ましくもあり、妬ましかった。それなのに、当の雨竜には一護以外にも目を向ける余裕があるというのが、少しだけ憎らしかった。
 恋が甘酸っぱいなんて言ったのは、誰なんだろう。自分は、こんなにも苦しいというのに。だからと言って、一護のことなんて諦められたらと思うのに、そうすることすらできない。
「井上?どうかしたのか?」
「ごめんね、今行くから」
 教室のドアの前でこちらを怪訝そうに見ている一護に、織姫は精一杯の笑顔を浮かべて見せた。
 本当は、告白をして、潔く振られてしまう方がいいのだろう。そうすれば自分も気持ちに整理をつけられるし、雨竜にとってもその方がいいのだろう。そしてなにより、僅かにではあるかもしれないが、一護に自分を意識させることができるかもしれない。
 そんなことはわかっている。どうしたらいいのかも、どうするべきなのかも、今の状況も、きっと誰より織姫が一番よくわかっている。
 それでもこうして一護の隣を望んでしまうのは。みっともなくても惨めでも、彼の優しさに縋ってしまうのは。
 こちらを見て欲しいと願ってしまうのは。
「お腹空いたね、黒崎君」
「じゃあなんか食って帰るか?」
「うん!」
 まだ、一護のことを好きでいたいからだ。この関係を壊してしまうのが怖いからだ。
 織姫は一護の隣を歩きながら、今度こそはっきりと自嘲の笑みを浮かべた。



end

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あきゅろす。
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