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Christmas love



 昨夜は眠れなかった。普段の俺は決して寝付きのいい方ではないが、悪い方でもない。だけど、しつこいようだが、昨夜はほとんど眠れなかった。まるで、遠足前の小学生のように。
 それにも関わらず、今日の起床時刻は朝の七時。睡眠時間は三時間。寝不足のせいで若干頭がふらふらしているが、二度寝する気にはなれなかった。
 だって今日は、石田とデートなのだ。
 別に、デートだからこんなにも緊張しているわけではない。高校一年生にもなれば、何人かの女子とは付き合い程度に出掛けたりはしている。彼女たちが特別好きだというわけではなかったが、一緒に過ごして嫌だということはなかった。まあ面倒だとは毎回思っていたけれど。
 でも今回緊張しているのは、特別好きな奴とデートをするからだとか、物凄く楽しみだからというわけではない。
 要因なんて、一つに決まっている。
 今日のデートの相手である石田が男だという、その一点に。



 三日前の、木曜日のことだった。空座第一高等学校の冬休みは、授業日数の関係で二十七日の火曜日からである。つまり、週末明けの月曜日は学校に行かなければならない。それでもようやく長期休暇に突入できると思えば気が楽になり、俺はいつもバスで帰宅する道を、なんとなく歩いて帰っていた。
 もうすぐクリスマスだからなのか、街中はやけに浮ついている。街路樹はイルミネーションで彩られ、至る所から陽気な音楽が流れ出していた。
 遊子や夏梨にあげるプレゼントはすでに買ってあったし、少々慌ただしくはなるかもしれないが、今年もいつも通りのクリスマスを過ごせるなと、ぼんやり考えていた時だ。
「黒崎」
 後ろから、聞き覚えのない声が俺の名前を呼んだ。しょっちゅう喧嘩を吹っ掛けられる俺だから、またその類なのかと一瞬辟易としたものの、それにしては静かで上品な聞き心地のいい声だ。
 もしかしたら知り合いかもしれないと思い振り返ってみたが、そこにはあったのは見覚えのない男の顔だった。
「……誰だ、おまえ」
 訝しげに低く問うと、一瞬で男の顔に険が走る。人の顔を覚えられない質だから、やはり知り合いだったのかもしれないと俺は焦って記憶を手繰ったが、わからないものはわからない。
「君のクラスメイトの石田雨竜だよ」
 俺が思い出せそうにないことを悟ったのか、石田と名乗った目の前の男は、仏頂面でそう言った。
 そういえば、そんな名前のクラスメイトがいたかもしれない。というか、幼馴染のたつきと仲のいい井上が何度か話題に出しているのを聞いたことがある。
 一度思い出せば人間の脳とは不思議なもので、さっきまではあんなに思い出そうとしても無理だったのに、なんとなく教室での石田が蘇ってきた。
 俺らとは違っていつも静かに一人で過ごしているような奴。大抵は本を読んでいて、見た目通り頭がいい。男のくせに手芸部に入っているらしく、男よりは女と一緒にいる変な野郎だ。そしてよく見ると、こいつは女よりも綺麗な顔をしている。
「ああ、悪い、そうだった」
 いくら顔を覚えられないと言っても、クラスメイトのことがわからないことに気まずくなって、俺は思わず目を逸らしながら謝った。
 石田はそれで溜飲が下がったのか、これ以上詰っても無駄だと思ったのか、それ以上は何も言わないでくれた。
「それで、俺になんか用かよ」
 今まで石田と喋ったことはない。だからこそわからなかったのだが、それなら今更になって話しかけてくる理由はなんだろうか。別段石田を怒らせたりした覚えもないし、彼が無意味な喧嘩を吹っ掛けてくるとは思えない。
 石田は一瞬きょとんと俺の顔を見ると、すぐにはっとしたように口を開く。恐らく俺に話しかけた理由を、自分でも忘れていたのだろう。案外抜けている奴なのかもしれない。
「ああ、そうだった。今度の日曜日、暇?」
 石田はどこか罰が悪そうにそう言った。
「日曜?別に暇だけど」
 うちのクリスマスは毎年二十四日にやるから、日曜日は何もない。遊子や夏梨はそれぞれ友達に誘われて遊びに行くらしいし、俺も啓吾や他の奴らに誘われていたけど、俺は気が乗らなくて断った。クリスマスといえども普通の日曜日だ、少しくらいゆっくりしたい。だから寂しい奴だと言われるかもしれないが、クリスマス当日の予定は何もない。
 俺の答えを聞くと、石田は先程までとは違い、ちょっと安心したような顔になった。
「そう。それじゃあ一緒に出掛けよう」
「は?出掛ける?俺とおまえで?」
 何度も言ってるが、俺は石田と仲がいいどころか、顔を忘れるくらいには関わりがない。そんな奴と、どうしてクリスマスにわざわざ出掛けなきゃいけないんだ。
「うん、そうだけど。何か都合が悪いの?」
「都合が悪いって言うか、なんで急にそんなこと言いだしたんだよ」
「デートの誘いみたいなものだよ。君だって暇なんだろう、別にいいじゃないか」
 よくねえよ、と思ったが、なんと言っていいのかわからず、俺は黙り込む。
 男が二人で、しかもクリスマスに出掛けるなんて、聞いたことがない。その上相手は今まで話したこともないような奴だなんて、絶対に御免だ。大体俺は、男とデートするような趣味なんて持ち合わせていない。
「じゃあ、日曜日、十時に空座駅前で待ち合わせだから」
「おい、勝手に決めるなよ!」
 焦って大声を出したが、石田は構わず背を向けて歩き出す。どうやら俺を誘う為だけに、ここまで来たらしい。
「石田!俺は行かねえぞ!」
「はいはい、十時に待ってるからね」
 俺は為す術もなく、遠ざかって行く石田の背中を見ることしかできなかった。



 日曜日に暇かと聞かれたとき、暇じゃないと首を横に振っていればよかった。
 俺はベッドの上で頭を抱えながら、あの日のことを後悔する。クリスマスなんだから、そう言ってもなんら不自然ではなかったはずだ。素直に暇だと言ってしまった自分が恨めしい。
 そもそも俺は、行くなんて一言も言っていない。それどころか、行かないとはっきり言ってやった。それならば行かなくてもいいかもしれない。
 一瞬そんなことを思ったが、あの細くて白い身体がこの寒い中ずっと待っているかもしれないと考えたら、行かないという選択はできそうもなかった。
 俺は自分が苛々しているということに苛々しながら、ベットから降りる。
 どうして男と出掛けるだけで、こんなにも悩まないといけないのだ。友達と遊びに行く感覚で、さっさと行ってさっさと帰ってくればいい。
 俺は頭を掻き回しながら、嫌々ながらも出掛ける準備を始めた。



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