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11月12日



 何を言えば、笑ってくれるのか。何をすれば、付けた傷を癒せるのか。何を贈れば、喜んでもらえるのか。
 幸せだと、思ってくれるのか。
 そんなことを、あの日からずっと、一護は考え続けている。



 例年に比べると、驚くくらいに暖かい日だった。歩いているだけで汗が滲むということは流石にないが、薄い上着だけで十分に外を歩ける。勿論、マフラーなんて巻いている者は誰もいないし、巻いていたなら少々目立ってしまうだろう。
 せっかく雨竜がくれたのに、とマフラーを巻けないことを残念に思いながらも、一護は雨竜の家へと続く道を足早に歩き始めた。
 前回この道を歩いたのは、ほんの一週間前――正確には六日前――だ。その時はまだ、雨竜への想いを自覚していなかった。それどころか、彼を騙すような真似をして、永遠に許してもらえなくても文句は言えない程の傷を心に付けていた。
 それなのに、あの日、雨竜は笑ったのだ。
 泣かせて、追い詰めて、無理やりキスをして。それでも一護は雨竜を離せなかった。嫌われて当然のことをしたという自覚はあったけれど、それでも雨竜を掴んでいる手を離すくらいならば、今すぐ消えてなくなった方がマシだとあの時は本気で思っていたのだ。
 そんな、どこまでも自分本位で身勝手な一護に、雨竜はほとんど苦笑に近い笑みを小さく浮かべた。
 まるで、何かを諦めたように。まるで、何かを赦すように。
 どうして雨竜がそんな表情をするのか、何が彼にそんな表情をさせたのか、一護にはわからなかった。想像することさえ、できなかった。
 けれど、一つだけわかることがあるとするのならば、それは雨竜が大切な何かを失ってでも自分を受け入れてくれたということだけだ。
 そんな雨竜に、何ができるのだろう。何を差し出せば、失わせたものを埋めることができるのだろう。笑わせてあげられるのだろう。
 そんな風に、この一週間、一護はずっと考えていた。
 そうして出した答えが正解なのか、それはわからない。
 それでも正解であって欲しいと祈って、一護は辿り着いた雨竜の家のインターホンを、やや緊張した面持ちで鳴らした。
「……どうかしたの?」
 ゆっくりと開いた扉から、怪訝そうな様子の雨竜が顔を覗かせた。あまりに緊張しすぎて、どうやら傍目にもわかる程顔が強張っていたらしい。雨竜が挨拶よりも先に疑問を口にするのも尤もである。
「なあ、この前の日曜日、おまえの誕生日だったんだよな?」
 先程の質問に答えることなく切り出された話題に、雨竜は呆れたようなうんざりしたような表情で、辟易したように口を開いた。
「そうだけど、君、まだ拘ってたの?」
「遅れたけど、誕生日、おめでとう」
 延々と続きそうな雨竜の言葉を遮って、一護は言えなかった言葉と共に、手にしていたものを雨竜の腕に押しつける。
「バ、ラ……?」
 訳がわからないというように、押しつけられた真っ白な薔薇の花束と一護の顔を交互に見る雨竜に、一護は一度だけ頷いて見せた。
 こんなもので雨竜の何かを埋めてあげられるとは、到底思えない。付けた傷を癒せるとも、償えるとも思っていない。
 それでも、ベタかもしれないが、気持ちを表すならこれしかないと思ったのだ。
 雨竜は少しの間、戸惑ったように視線を彷徨わせていた。いきなりこんなことをされたら、戸惑うのも当然だろう。
 けれど次の瞬間、彼はまるで太陽の光が差し込むように、花が開くように、鮮やかで綺麗な笑みを浮かべた。
 多分それは、雨竜が一護に初めて見せた、本物の笑顔、なのだろう。
「……ありがとう」
 笑みを浮かべながら、雨竜は照れたように、けれど幸せそうに口を開く。その瞬間、一護はここが玄関であるということも忘れて、贈った花束ごと雨竜を強く抱きしめていた。
 自分はきっと、もう一生だって雨竜を離せない。
 泣かれても、嫌がられても、たとえ彼が別の誰かを好きになったとしても、この手を離してあげられない。
 それくらいに、雨竜が好きだ。
 けれど、雨竜が弱々しくも確かに抱きしめ返してくれたから、それでもいいのかもしれないと思い、一護は誰も気付かぬ程小さく、けれどこれ以上ないほど幸せそうな笑みを浮かべた。



end

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あきゅろす。
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