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11月6日



 ――おまえが、好きなんだ。
 そう囁かれて雨竜が思ったのは、とうとう来てしまったのかと、ただそれだけだった。
 いつか、こんな状況になる時が来ることは、わかっていた。そもそも一護が自分に近付いた目的はこうして告白することなのだから、こうなるのは当り前である。
 だけど、できるならその時が一分一秒でも遅ければいいと、そう思っていたのも事実なのだ。そうしてこの夢みたいな日々が本物になればいいと、無理だとわかっていても願わずにはいられなかった。
 けれど、現実は残酷だ。
 やっぱり夢は覚めてしまった。もう、一護とは一緒にいられない。
 そう、思うのに。
「男からこんなこと言われて気持ち悪いって思うのもわかる。でも、俺は本当に、おまえが好きなんだ」
 一護の声が、どうしようもなく真摯で。抱きしめる腕が、あまりに力強くて。頭を撫でる掌がこれ以上ないほど優しいから。だから雨竜は、思わず期待してしまう。
 もしかしたら一護は、本当に自分を好きになってくれたのかもしれないと。この一週間で絆されてくれたのかもしれないと。
 でもその思いとは裏腹に、期待は所詮期待でしかないことも、心の底ではわかっている。
「……離して」
 口から零れた言葉は、想像以上に冷たいものだった。
「石田、俺は本気で」
「もう、嫌だ。いい加減にしてくれ」
 縋るように言われた言葉を遮って、雨竜は一護から身体を離す。
 そんなに罰ゲームを遂行することが大事なのだろうか。そんなに水色との約束が大事なのだろうか。
 その為になら、雨竜なんて傷付こうが悲しもうが関係ないと、一護は本気で思っているのだろうか。
 だとしたら、もう耐えられない。一護にとって自分は、好かれているどころか友達以下だったということだ。
「何言ってんのかわかんねえよ」
 逃げ出そうとした雨竜の右腕を、一護が掴む。白々しく意味がわからないというように言われて、今度こそ雨竜は声を荒げた。
「うるさい、いいから手を離せ!」
「離さねえよ」
「どうせもう、終わりなんだろう!」
「とりあえず落ち着いて、わかるようにちゃんと話せ」
 もう、どうすることもできなかった。
 こうなることがわかっていたのに、いざ現実に直面すると、ちっとも感情を制御できない。それどころか声は震え、涙すら滲んでくる。
 一護の心がここにないことに、雨竜はもう耐えきれなかった。
「……なんで、泣いてるんだよ」
「泣いて、ない」
「石田」
「もう僕に近付くな!」
 どうしていつものように、ぞんざいで乱暴に呼んでくれないのだろう。そんな風に優しい声で名前を呼ばれたら、どうすればいいのかわからなくなる。
「石田」
「もう、止めてくれ」
「俺は本当におまえが」
「どうせ全部罰ゲームだったんだろ!」
 断末魔にも似たその叫びは、一護を黙らせるのに十分な威力を持っていた。沈黙の広がる雨竜の部屋には、雨竜の啜り泣く声だけが奇妙によく響く。
「おま、え。気付いて……」
 ようやく絞り出した一護の言葉は、最後まで声になることはなく、中途半端な形で消えていった。それでも雨竜は何も言わず、ただ嗚咽を漏らすだけだ。
「……ごめん」
 ぽつりと一護の謝罪が響いたのは、その時だった。
 雨竜は一瞬何を言われたのかわからなかったが、気持ちとは反対によく冴えた頭はすぐに一護が言ったことを理解する。
 やっぱり、今までのは全て演技だったのだ。
 胸が引きちぎられるような痛みはあったが、それ以上に雨竜はようやく解放されるのかと、内心で酷く安堵した。けれど同時に、どうしようもない虚無感が雨竜を襲う。
 もうこれで、全てが終わるはずなのに。痛みも悲しみも、全部なくなるはずなのに。偽りの愛を囁かれることだってなくなるはずなのに。そしてそれをずっと願っていたというのに。
 全然喜ぶことなどできなかった。それどころか、涙はますます溢れて止まらない。
 けれどそんな雨竜を、一護は先程のように思い切り抱きしめた。
「もういい加減に」
「好きだ」
 それは、先程と同じくとても真摯で、けれど先程よりももっと力強い声音だった。
「最初は罰ゲームだった。それは認める。でも本当は、罰ゲームでもいいからおまえと一緒にいたかったんだ。それくらい、おまえが好きだ」
 抱きしめられた状態のまま頬を右手で触れられて、そっと顔を上げさせられる。抵抗しようとしたが、そのあまりの優しさに、雨竜はなされるがままになるしかなかった。
「ずっとずっと、好きだった」
 愛しさの含んだ声と共に一護の顔が近付いてきて、唇同士が重なり合う。
 初めてのキスは、柔らかくて、熱くて、優しくて、少しだけ涙の味がした。



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