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11月6日



 一護が雨竜の家に到着したのは、十一月六日の十二時丁度のことだった。滅多に見せない笑顔で迎えられ、一護は思わず緊張してしまう。だけどすぐに、何故自分は(今はまだ)友人であるはずの雨竜の家へ行って緊張しなければいけないのかと思い直した。
 確かに罰ゲームの期限は明日で、きっと今日にでも告白しないともう機会は訪れない。いくら気がなくても、誰かに告白するという行為はそれだけで緊張する。そうとはわかっていても、雨竜と一緒にいて緊張する自分を、一護は受け入れたくなかったのだ。
 しかしそんな一護のことなど全く意に介した様子のない雨竜は、約束通り豪華過ぎる昼食を振る舞ってくれた。
 メニューは洋食中心で、味付けは濃すぎることも薄すぎることもなく、一護の口によく合った。そして見た目も美しいそれらは、舌ではもちろん目でも一護を満足させてくれた。
 何時だったかは忘れたが、雨竜はどちらかと言えば和食を好むと聞いたことがある。だけど木曜日に出されたオムライスといい、今日のメニューといい、きっと一護の嗜好に合わせてくれたのだろう。そんな小さな心遣いが嬉しくて、一護は自分でも知らないうちに笑みを浮かべていた。
「デザートもあるんだけど、まだ食べられる?」
 一通り食べ尽くし、食後のコーヒーを貰ったところで、冷蔵庫の前に立っている雨竜から声がかかった。出された食事の量は多かったが、食べ盛りの男子高校生だ、デザートくらいはまだ食べられる。
 それに、もしもこれ以上は食べられないと思っていたとしても、一護は結局断ることなどできなかっただろう。今の雨竜が浮かべている笑みを見たら、一護は何故だか全てを聞いてあげたくなってしまうのだ。
 決して楽しそうとは言えない、その笑み。石田雨竜という人物には到底縁が無さそうだと今までの一護は思っていたが、それは恐らく、上辺だけの愛想笑いなのだろう。何が雨竜にそうさせるのかはわからないが、そんな笑みを浮かべる雨竜を、一護はこれ以上突き放せなかった。
「ああ」
 一護が返事をすると、雨竜はさっきまでとは違い、控えめではあるが本当に嬉しそうな笑みを口元に浮かべる。
 すぐに背を向けてしまったためその笑みを確認できたのは一瞬だったが、それでも一護の鼓動を高鳴らせるには十分だった。
 彼と知り合ってもう一年は過ぎるが、こんな風に笑みを浮かべる雨竜を、一護は知らない。織姫や茶渡になら穏やかに笑うことも多いが、けれどもやっぱり、こんな風にまるで幸せだと言わんばかりの笑みは見たことが無かった。
 一度高鳴った心臓は、なかなか静まってはくれない。落ち着かなければいけないと思えば思うほど、先程の雨竜の笑顔が鮮明に蘇ってきて、左胸の奥がますますうるさく主張するだけだ。
 可笑しいと、思う。いくらこれから告白しようと思っていたとしても、これは異常である。大体告白だって本当に雨竜が好きだからするわけではなく、罰ゲームだから仕方なくするだけなのだ。それなのに、これは一体どういうことだ。
 まるで、本当に雨竜のことが好きみたいな、反応。
「黒崎?」
 黙り込んでしまった一護を心配した雨竜に顔を覗きこまれて、一護は思わず大袈裟に仰け反ってしまった。自分でもわかるほど顔が赤いことには、せめて気付かれなければいいと思う。
「君、本当に大丈夫かい?」
 自分は言い訳ばかり並べて、最低な理由で近づいたというのに、雨竜は心底心配しているというような表情でこちらを窺っている。
 それを見てしまった一護は、不意に泣きたくなるような気持ちになった。
 もう、駄目だ。もう、誤魔化せない。どれだけ気付かぬふりをしてみても、どれだけ知らないふりをしてみても、彼の傍にいるだけでこんなに意識させられる。
 もう逃げることはできないだろう。そろそろ認めなければならない。
 ――自分は、石田雨竜が好きなのだ。
 男でも可愛くなくても嫌われていても。たとえ、彼に好きな人がいても。それでもやっぱり、好きなのだ。この気持ちは変わらない。
 だからこそ自分は、罰ゲームをすることにした。無意識のうちに、彼と一緒にいる理由を探していたのだろう。
「石田……」
 自分の口から弱々しい声が漏れて、思わず苦笑してしまった。
 自覚してしまえば、雨竜を好きだという気持ちがこんなにも溢れてくる。
「黒崎?」
「おまえ、マフラーを渡したいって言ってただろ?」
「え?う、うん」
 突然振られた話題に雨竜は困惑しているが、しっかり答えを返してくれるあたり彼も律儀な男である。
 そんな所も可愛くて、一護は思わず雨竜の腕を引っ張り、その身体を強く抱きしめていた。
「な、なにして……!」
「その渡したい相手が受け取ってくれないならさ、俺にしとけよ」
 困惑というよりは、混乱して暴れる雨竜をさらに強く抱きしめて、一護は穏やかに言葉を紡ぐ。
「おまえがくれる物ならいくらでも貰ってやるから、だから俺にくれよ」
 ――おまえが、好きなんだ。
 一護は腕の中の愛しい人を、もう一生だって離したくないと思いながら、雨竜の耳元でひっそりと囁いた。





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