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11月5日



 本当にこれで良かったのだろうか。
 雨竜は昨日から幾度となく自分自身に問いかけた言葉を、買い物帰りの道すがら、懲りることなく再び繰り返す。
 昨日の一護の反応を見る限り、明らかに彼は困惑していた。きっと罰ゲームという理由がなければ、了承していなかったことだろう。
 けれど、だからと言って雨竜は一護を責める気にはなれなかった。むしろ、自分なんかに好意を寄せられたという点に関しては、同情さえしてしまう。これが可愛くて素直な女の子だったら、一護だって喜びこそすれ迷惑だなんて思わなかっただろうに。
 思わず溜息を吐きそうになるのをなんとか抑えて、雨竜は俯いていた視線を上げる。
 その拍子に、見たことのある顔が視界に入った。
 今、会いたくない人の名を上げるなら、確実にトップスリーには入るだろう、その人物。この状況を作り出した根源でもある。そんな彼が、公園の入り口で携帯電話を見詰めていた。誰かと待ち合わせをしているのかもしれない。
 雨竜としては気付かれないうちにさっさと帰りたかったのだが、彼は、小島水色は、それを許してはくれないらしい。
「あ、石田君だ。こんなところで会うなんて、珍しいね」
 いつものように表面だけの笑顔を浮かべて、少し離れたところで歩みを止めていた雨竜に声をかけてくる。いつから気付いていたのだろうと雨竜が驚く前に、水色は立ち尽くしている雨竜に素早く近付いてきた。
「……ちょっと買い物に行ってたんだ。小島君は、誰かと待ち合わせ?」
「うん、これからちょっと出かけるんだ」
 無視をするわけにもいかず、適当なところで切り上げようと話を振ると、水色は笑顔のまま頷く。まるで全てを見透かされているようで、いつもなら何も感じない彼の笑顔に、居心地が悪くなった。いや、一護に罰ゲームを課した本人だ。きっと一護から聞いて、何もかもを知っているのだろう。
 そんな雨竜の思考を知ってか知らずか、水色はいつもと変わらぬ仕草で言葉を紡ぐ。
「そういえば石田君、明日誕生日だったよね」
「えっ」
 思わず水色の顔を凝視すると、水色はにこっという音が出そうな顔で微笑んだ。
「なんで、そんなこと……?」
 確かに明日は雨竜の誕生日である。だからこそ、罰ゲームに付け込んで一護を家に招いたのだ。せめてこれくらいは許されるだろうと思いながら。
 けれど、明日が誕生日ということを一護に知らせる気はなかったし、それどころかそのことは学校の誰も知らないはずだ。担任ならば調べればすぐにわかるだろうが、誕生日とは言え立派な個人情報を簡単に漏らすとは思えない。
 怪訝な顔、というよりは警戒心が露になった雨竜の顔に気付いたのか、水色はさっきまでの笑顔とは違う、宥めるような苦笑染みた笑みを浮かべた。
「別にわざわざ調べたわけじゃないんだよ。たまたま知る機会があったから、覚えていただけ」
 その“たまたま知る機会”とやらがなんなのかが、雨竜はとてつもなく気になる。しかしこれ以上は何も答えてくれる気がしなくて、仕方なく黙り込むしかなかった。
 二人の間に沈黙が広がったところで、タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど水色の待ち合わせていた相手らしい車が歩道に寄せられた。水色もそれに気付いたらしく、ちらりと視線だけで車を確認して、すまなそうな顔で笑って見せる。
「引き止めちゃってごめんね」
「いや、別に構わないよ」
 それじゃあと御座なりに返事を返し、ようやく解放されると歩き出そうとしたところで、車に近付いて行ったはずの水色に呼び止められた。
「明日は多分、祝ってあげられないから先に言っておくね。誕生日おめでとう。プレゼントは、明日か明後日にね」
 ありがとう、と雨竜が返す前に、水色は運転手である綺麗な女の人と何かを話しながら車に乗り込んでしまった。
 予想外の人物からの祝いの言葉に驚くよりもまず、彼が言ったプレゼントという単語に、雨竜は首を傾げることになる。
 明日は祝ってあげられないということは、恐らく明日は会えないということだろう。それなのに、プレゼントが明日か明後日とは、どういうことだろうか。
 雨竜は最後にもう一度だけ首を傾げ、考えてもわからないものはわからないと、とりあえずは帰路を急ぐことにした。



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