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11月4日



「石田、飯、一緒に食おうぜ」
「……いいよ」
 雨竜は少しの間一護の顔をじっと見詰め、それから静かに目を逸らし、一護の誘いに小さく頷いた。



 二人きりの被服室で弁当を食べながら、一護は雨竜を盗み見る。ゆっくりと丁寧に食べる姿は小動物のようで、一護は何故だかもどかしいような気持ちになった。
「……何見てるんだ」
 そんな一護の視線が鬱陶しかったのか、雨竜は自作であろう弁当から視線を動かさぬまま、低い声で呟く。
「いや、別に」
 相変わらず可愛くない奴だと思いながら、一護も雨竜に負けぬくらい無愛想な声で言葉を返した。せめてもう少し愛想があれば、罰ゲームなんていう理由がなくてももっと仲良くなれたかもしれない。
 そう思ったところで、一護は軽く頭を振った。
 いくら無愛想で素っ気ないと言っても、こんな風に一緒に過ごすことを許してくれている。一昨日だって不思議な表情を見せながらも一緒に帰ることを了承してくれたし、昨日に至っては勉強を教えてくれるどころか昼食まで御馳走してくれた。
 一緒に昼食をとろうと誘うだけであからさまに嫌な顔をされた一年の頃と比べたら、十分すぎる程の進歩だろう。
 もしもこの延長で愛想よくマフラーをを差し出せば、誰が相手だろうときっと受け取るに違いない。
 そもそも、マフラーをあげたい相手とは誰なのだろうか。織姫だとしたらきっと、何も言わずに笑って受け取ってくれるはずだ。他の女子だって、同じようなものだろう。
 もしかすると、相手は男なのかもしれない。
 その結論に至ったことに、一護は狼狽した。しかし、狼狽した自分にまた動揺する。
 雨竜が誰にマフラーをあげたって、自分には関係ないはずだ。たとえそれが、男だとしても。
「……ねえ」
 一護が考え込んでいると、不意に雨竜の小さな声がした。
 はっとして顔を上げると、雨竜が不思議な色を瞳に湛えてこちらを見ている。
 一護はその色を見詰めながら続きの言葉をしばらく待ったが、雨竜はなかなか口を開かなかった。
「なんだよ?」
 沈黙に耐えきれなくて思わず促す言葉を口にすると、雨竜は一瞬目を伏せ、それから上目遣いで恐る恐るという風に言葉を紡ぎだす。
「日曜日、暇?」
 それは、一護が想像もしない言葉だった。
 一護や啓吾が誘ってもなかなか首を縦に振ろうとせず、渋々一護たちに付き合うというのが今までの雨竜のスタンスだ。自分から何かをしたいだとか、何処かに行きたいだとか、そんなことを言うだなんて絶対にありえない。
 そんな雨竜が、予定を訊いている。予定を訊くということはつまり、何をしたいのかも何処に行きたいのかも続く言葉を聞かなければわからないが、とにかく一護を何かに誘いたいと思っているということだ。
「暇、だけど……」
「それじゃあ日曜日の昼、家でご飯食べない?御馳走するよ」
 驚きで何処か呆然としながらも一護が答えると、雨竜は言葉にできないような複雑な笑みを浮かべた。雨竜の言葉に何かを思う前に、一護はその笑みに目を奪われる。
 その底に滲んでいるものは、一体なんなのだろう。
 結局昼休みが終わるまでに答えは出なくて、一護は一日中考える羽目になってしまった。



 その日の夜、深い眠りに落ちる前。
 昼休みに見せた雨竜の笑みが、ふと浮かんでくる。
 悲しみでも、苦しみでもない、何か。
 それは何処か、子供の悲鳴に似ているような気がした。



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あきゅろす。
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