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やさしいひとへ



 誰でもこなせるような現世での任務を副隊長である恋次が率先して引き受けたのは、腐れ縁となってしまった少年達の顔を久しぶりに見ようと思ったからだった。彼らのことはルキアも気にしているので、元気だったと報告すれば彼女も安心するだろうと思ったのだ。
 けれど、これは全て言い訳に過ぎない。本当は、眩しいほどの白を纏ったあの少年が、まだ崩れることなく立ち続けているのか確認したかっただけなのだ。
 彼の、切ないほど一途な視線に気付いてしまったのは、いつだっただろう。つい最近のような気もするし、思い出すことが叶わないくらい遠い昔のような気もする。
 初め、恋次はその視線が誰かを追っているだなんて思いもしなかった。ただ真っ直ぐに注がれる視線は、誰にも気付かれぬ所に咲いた花を愛でるようなそれにとてもよく似ていたのだから。けれど、彼の綺麗な瞳は時折哀しげに伏せられた。そうして気付いてしまったのだ。
 最後の滅却師だと誇り高く在るその男は、太陽のような死神代行を苦しいほど想っているということに。
 気付いたところで、恋次にはどうすることもできなかった。そもそも色恋というのは、第三者がどうにかできる問題ではないのだ。
 それでも気になってしまうのは、一護を見詰める雨竜の視線があんまり一途で切なくて、そしてなによりそこに一片の希望もなかったからだ。同じく一護を想う織姫の視線には振り向いてくれるかもしれないという期待や、見ているだけで幸せだというような喜びが感じられるのに、雨竜のそれには欠片もない。見たくなんてないのに、どうしても見ずにはいられない。そんな視線だ。
 だからなのかもしれない。恋次は雨竜を気に掛けずにはいられなかった。


 課せられた任務を早々に終わらせると、恋次は浦原商店で義骸に入り、彼らが通う高校に足を向けた。校門から出てくる生徒たちの数が次第に増えてくる。このまま待っていればきっとあの四人の中の一人くらいは見つけられるだろう。
 果たしてしばらくするとオレンジ色の髪の死神代行が校門から出てきた。
「よお、久しぶりだな」
 恋次が声をかけると、一護は驚きに目を見開いた。
「おまっ、なんでここにいるんだよ!」
「任務で現世に来たついでにてめえらの顔でも見てやろうと思ったんだよ、感謝しろ」
 恋次が得意げに言うと、一護は眉間の皺を二倍にして有難迷惑だと言い放った。結構酷い扱いだ。
「そういえば石田はいねえのか?」
 言い合いになる前に当初の目的を思い出した恋次は、校門から出てくる生徒たちの顔を一瞥しながら一護に訊く。もしかしたらもうすでに帰ってしまったのかもしれない。
「石田?あいつならまだ校内にいると思うぜ」
「そうなのか?」
 意外だ、と恋次は少し眉を上げた。あの何にも興味がありません、というような顔をしている雨竜が、一護より遅くまで学校に残っているということが恋次には考えられなかったのだ。
 その様子に一護は少し笑いながら頷いた。
「あいつ手芸部なんだよ」
「手芸……?」
 一瞬男がそんなものやるのかと訝しく思ったのだが、恋次はすぐに納得する。そういえばあの男は尸魂界でも服を縫っていた。それに、弓を引くためいつだって傷だらけなあの白く細い指はお世辞にも綺麗と言えないが、確かに針を持たせたら絵になるのだろう。
「石田になんか用事でもあるのか?」
 不思議そうに言われて、恋次は何と答えたらいいのか口籠る。客観的に見れば、理由もないのに自分がわざわざ雨竜の元へ行くというのは可笑しなことだ。
 なんて答えようか恋次が迷っていると、呆れたような声が耳に入って来た。
「……なんで君がこんな所にいるんだ」
 振り向くと、不機嫌そうな顔をした雨竜が僅かに首を傾げて真っ直ぐに立っている。
 その様子に、恋次はとりあえず安心した。石田雨竜は、まだ崩れることなく立ち続けている。
「おまえも相変わらずだな」
 少し笑いながら声をかけると、雨竜は呆れたように溜息を吐いた。
「君の霊圧がこんな所で留まっているからやっかいな虚でも出たんじゃないかと思って来たのに……無駄足だったみたいだな」
 確かに雨竜の息は少しだけ切れていて、急いで来たのだということがわかる。その様子に恋次はほんの少しだけ申し訳なくなり、素直に謝った。
「悪いな、ただちょっとテメエらの顔を見に来ただけなんだ」
「……ふうん、茶渡君はわからないけど、井上さんならまだ校内にいるよ。案内しようか?」
 冷たい顔をして案外優しいこの男は、滅多に現世に来れない恋次に一応気を遣っているのだろう。そのわかりにくい優しさに恋次は苦笑した。
 何故だか自分は、この男が傷付く所ばかりを見ている。その優しさも真摯さも知っているのに、それが報われた場面はあまり見たことがなかった。だからこそ思うのだ。雨竜が幸せになればいい、と。
「……石田にも会えたみたいだし、じゃあ俺は帰るな」
 不意に一護が先ほどよりも幾らか不機嫌そうな声音を出した。それがなんだか拗ねているみたいに聞こえて、恋次は一瞬目を瞠る。
 そして、思わず口許が緩んだ。
「いや、俺はもう尸魂界に帰るわ」
 急に帰ると言いだした恋次に、一護と雨竜は揃って怪訝な顔をする。
「は?おまえ石田になんか用があるんじゃねえのかよ?」
「え、そうなの?」
「いや、もういいんだ。俺の出る幕じゃなかったみたいだから」
 相変わらず訳がわからないという顔をしている二人に、恋次はやっぱり少し笑ってしまった。
 本当に、色恋というものは第三者がどうにかできる問題ではない。いや、どうにかする必要なんて最初からなかった。
「それじゃあな」
 ぽかんとしている二人を残して、恋次は気分よく歩き出した。
 きっとこれからもあの切ないほどに一途な視線は一護に向けられ続けるのだろう。けれど、その視線と一護の焦がれるような視線が絡み合うのは、きっとそう遠くない先のことだ。
 恋次は傷付いてばかりのあの男が幸せに笑う姿を想像して、酷く優しく微笑んだ。



end

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